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水揚げ
1月15日
測量のために西の最上段を歩いていると、サームに出会った。
彼はキイキイの下で働く力夫だ。
「やぁダンナ。お元気そうで」
サームが頭を掻いて私に挨拶をする。
「やぁ、サーム。お前も元気そうだね‥‥と言いたいところだが、何で此処に居るんだい? キイキイはもっと下段の方に居たと思ったが」
私が尋ねると、サームは恥ずかしそうな顔をした。
「いや、それが。あっしが石を削ると『きれいに真っ直ぐが出ない』とかで親方からドヤされて『水揚げ』を手伝いに行くことに。‥‥へへ、とりあえず『力仕事』なら何とか御役に立てるんで」
「水揚げか‥‥しかも、こんな最上段で? それはご苦労だね。確かに誰かがしなくてはならない仕事だが、あまり無理をするんじゃないよ?」
私は、そう言ってサームの背中を軽く叩いた。
メルの石は1つ1つがとてつもなく重い。(※1つが約2トン程度)
アスワンで切り出された石は、巨木を組んで作られた専用の船に乗せられてナイルを運ばれる。
やがてメルの近くになると、そこからはこれも専用に掘られた運河に入って直近まで運ばれるのだ。
近くまで来た石は、そこから『運び井戸』と呼ばれる階段状の巨大な『桶』で、積み上げる高さまで運ばれる仕組みだ。
神官達はファラオから『未来永劫抜かれる事のない最大のメルを作れ』と厳命されているらしく、その工法について『詳しい工程を記録に残すな』と言われている。
工法を真似されると、後世に更なる大きなメルが出来てしまう恐れがあるからだ。なのであまり詳しくは書けない。
ただ、その巨大な石を持ち上げるに相当するだけの『大量の水』を、メルの上まで揚げる必要があるのは確かだ。
一度に重い荷物を上げるのが難しいならば、水の重さに代替えして少量づづ揚げてしまえという発想なのだ。
それを担うのが『水揚げ』である。
水揚げは過酷だ。
単に重労働というだけでなく、石工のように疲れたら少し手を休めるという訳にもいかない。共同作業だから手を止めると作業全体が止まってしまうからだ。
それに、炎天下でじっと同じ場所で動かないから暑さで倒れる者もいる。
なので、水揚げは誰もやりたがらない。
サームのように『他で役に立たない』と判じられた者達が、ここに集められるのだ。
私は、仲間と共に麻の糸を張って石の位置を確認する仕事に戻った。
日差しはジリジリと照りつけ、頭がボゥとしてくるが、それでも『水揚げ』の事を思えば楽をさせて貰っていると感謝しなくてはなるまい。
やがて太陽が頭上真上になって、影がほとんど無くなる。昼休みの時間だ。
ここから暫くの時間は暑すぎて仕事にならないので、日陰が伸びるまで食事を兼ねての昼休みになる。
石組みの巨大な階段は、1段を降りるにもひと苦労だ。私が最上段から降りてきた頃には、すでに炊場は大勢の職人でごった返していた。
パンを取る列に並ぶにも、私の前には何十人もの待ちが出来ている。
列に並ぶのを好まない男達は、近くの木陰で寝っ転がりながら煙草を咥えている。そうしてパンの列が一段落してから食べるつもりなのだろう。
私もそうしても良いのだが、そうは行かない訳が私にはあった。
パンを配る列の左から3番め。私はいつも、その列に並ぶ。
何故なら、そこには『彼女』が居るからだ。
私は彼女の顔を見る事が出来る『この時間』こそを、もっとも楽しみにしているのだ。
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