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愛しきアルマ
アルマは、力夫達の親方であるキイキイの愛娘である。
彼女とは、幼き頃からの知り合いだ。当時の私はまだ単なる使い走りでしかなかったが、彼女は私宛に伝書を持ってきてくれていた。
若い娘の成長は早いと思う。
たった数年で彼女は私と変わらぬほどの背丈となり、見違えるほど美しくなった。
彼女は炊場の人気者だ。
こうして炊場でパンを配るにも、いつも彼女の列だけが長くなる。
それは単に彼女が美しいだけでなく、その優しい笑顔が私達の疲れた心と身体を癒やしてくれるからだろう。
仮に彼女が『あの』キイキイの娘で無かったとしたら、たちまちにして求婚者が殺到しているに違いあるまい。
キイキイは娘を溺愛しているから、それが怖くて誰も距離を縮める事が出来ないのだ。
私は彼女がまだ小さかった頃からの知り合いという事もあり、炊場を離れた所で出会った際にも世間話に興じる『特権』を持っている。
そうして路上に足を止めて美しいアルマと談笑をしていると、他の男達がチラチラとこちらを伺ってくるので、何だか自分がひどく偉くなったようで気分がいい。
だが、とりあえず炊場でパンを受け止る時は『ごきげんよう』程度にしか会話は出来ない。何しろ後が大勢並んでいるからだ。
パンを受け取り、空いている木陰に座り込む。
一息ついてからパンを齧ろうとした時に、一人の老人が私の隣にやって来た。
「やぁ、隣にいいかな?」
やって来たのは医術師のナルサスだった。
「どうぞ、もう少し私が寄りましょう。そこへお掛けください」
私が場所を譲ると、ナルサスは「すまんな」と言ってから膝に手を当ててゆっくりと座った。
「どうも最近、怪我人が多くてな‥‥手当するにも人手が足りん。何しろ‥‥」
ナルサスは愚痴をこぼしながらパンを千切って口に運んでいた。
「今度のメルは、従来よりも石が大きい‥‥なのに石を動かす『テコ』の木が、以前と同じ物を使っておる。これでは折れても不思議はないでの‥‥怪我する若者が増えておるでな」
私はパンを持つ手を止めた。
「‥‥そうですか。確かに、それでは不具合が起きますね。お手間をおかけします。後で道具の担当官に伝えておきましょう。話の分かる人ですから、きっと良くしてくれますよ」
ナルサスは尊敬される医術師だが、それでも官吏とでは身分差が大きい。
例え下っ端とは言え、下級官吏の私の方が進言もし易いというものだ。ナルサスも、それをよく弁えている。
夕刻になって。
今日の仕事が終わり、力夫達もそれぞれパンと酒を片手に家々に戻ろうとしている。
盛り場は酔った男達の笑い声でうるさいほどだ。
私はその横を抜けて馴染みの魚屋へ寄ろうとしていた。腹が減ったので、ナマズを煮て食べようと思う。たまにしか出来ない贅沢だ。
すると、キイキイが車座に座って上機嫌に飲んでいる姿が眼に止まった。
その真横には、あのアルマも座っている。
私は気づかれないように近くまで寄り、その会話に耳を傾けた。
キイキイは殊の外に嬉しそうに、アルマの肩を抱いていた。
そして、こう言った。
「‥‥それにしても、まさかアルマがイミ・ケント(※上位の神官)様のお眼鏡に適うとわな! ワシも鼻が高いというものだ!」
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