第1章 現在・僕

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 僕は、一種の虚脱感にも似たような感覚を覚えながら、同時に、美穂に対して激しい怒りを感じる。僕の中で、相対する二つの感情が渾然一体となり、僕を迷わせる。  これ以上、美穂の携帯電話の中身を確認しても、自分が傷つくだけだから、もう、止めてしまおうと思う僕がいる。  だけど、それと同時に、美穂の携帯電話の中身を徹底的に確認して、何としてでも美穂を打ちのめすことができる材料を手に入れようとする僕もいる。  どちらが本当の僕なのかは、僕自身にもわからない。  だけど、とにかく僕は、自分の進むべき道を決めてしまわなければならない。そのためには、僕は一度、きちんと冷静になる必要がある。  僕は、握りしめている携帯電話から視線を逸らし、深呼吸をしてから、「酒くれ!!」と美穂に言う。  僕の言葉に、美穂は一瞬、何が起こったのだろうかと、僕の顔を凝視する。なにせ、僕はこれまで、自分が飲むための酒を、美穂に取りに行かせたことなど一度もないのだ。  そもそも僕は、亭主関白というようなタイプの人間ではない。自分でできることは自分でやるし、家事だって手伝える範囲では手伝っている。子育てにだって、きちんと貢献しているつもりだ。  美穂は一体、何が不満で不倫したというのだろうか?  僕の中で、再び怒りが大きくなり、僕は思わず美穂を睨み付ける。
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