1816人が本棚に入れています
本棚に追加
ディスプレイに視線を落とすと、町村佑樹の名前がそこに表示されている。美穂は慌てて僕の手から携帯電話を奪い取ろうとする。だけど、僕はそれを手で制し、美穂を一睨みしてから、通話ボタンを押した。
電話を耳に当てると、若い男の声が僕の耳に飛び込んでくる。
「もしも~し」
町村佑樹は、電話の相手が美穂であると思っているらしく、ずいぶん軽い口調だ。
僕は声を出さずに、黙って次の言葉を待つ。
「もしも~し。あれ? 美穂? どうしたの? 聞こえてる?」
こちらの反応がないためか、町村佑樹は、矢継ぎ早に言葉を繰り出す。もちろん、その言葉は僕の耳には届いている。だけど、美穂の耳には届いていない。それを知らない町村佑樹は、何度も“もしもし”と繰り返す。
そして、一分間ほどそのような状況が続いた後で、僕は、町村佑樹の“もしもし”という言葉にあわせて、「もしもし」と声を発する。
すると、電話の向こうの町村佑樹は、慌てた様子で、「え? あれ?」と、意味不明な言葉を発した。町村佑樹は、事態を上手く飲み込めていないらしい。
まあ、もっとも、自分の恋人に電話をかけたら、その夫が出るなんて、町村佑樹だって考えてもみなかっただろう。
最初のコメントを投稿しよう!