第12章 現在・佑樹

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「俺がこの場にいてもおかしくないように」  拓也が答える。 「だけど、わざわざ偽名を使わせなくても、“沙紀”のままで問題ないだろ?」 「甘いな。もし、沙紀が本当に俺の妹かどうか疑われたらどうする?」 「どういう意味?」 「“詩織”っていうのは、俺の妹の本当の名前。一応、疑われてもいいように、戸籍謄本も用意してある」  拓也はそう言うと、部屋の隅に置いていたバッグから、薄紫色の紙を取り出す。榊原家の戸籍謄本。そこには確かに、佑樹の両親、拓也と並んで、“詩織”と表示されている。 「まあ、俺自身の本人確認は、免許証とかで十分だろう? あとはこの戸籍謄本で、俺と詩織の関係は保証できる」 「でも、もし、沙紀の本人確認をされたら?」 「そんなこともあろうかと、一応、沙紀には詩織の健康保険証を持たせてある。自動車の免許は持ってないことにすればいい」  拓也の言葉にあわせるように、沙紀は財布の中からカードタイプの健康保険証を取り出す。  そして、それを拓也に渡す。 「健康保険証ってのは、素晴らしい身分証明書だ。写真も入ってないのに、大抵のところでは本人確認書類として認知される」  拓也がクククッと小さな笑いを浮かべながら言う。 「まったく、どれだけ用意周到なんだよ……」 「用意周到にもなるさ。なにせ、相手がどんな人間なのかわからないんだ」 「たしかに……」 「今回だって、相手がバカだったから助かったようなものの、追及されればいくらでもボロが出た」 「冗談だろう?」 「冗談じゃないさ。健康保険証だって、俺の親父の本当の勤務先が入ってる。そこに問い合わされて、親父に話をつけられたら一巻の終わりだ」 「マジで?」 「マジだよ。まあ、あのバカ旦那が単に両親と話をしたいって言うんなら、ちゃんと身代わりを立ててた」 「そこまで?」 「そこまでだよ。誰かを騙すってのは簡単じゃない」 「お前、これまでに、どれだけの人間を騙してきてるんだよ……?」 「さあ、どれだけだろうな」  拓也はおどけながら笑う。
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