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午前10時。突然、携帯電話が鳴り始める。僕は胸ポケットから携帯電話を取り出して、ディスプレイを見る。そこに表示される、佐々木香代子の名前。僕は携帯電話を握りしめ、事務室を出る。そして、廊下の隅に立って電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、笹塚さんですか?」
「ああ、そうだけど。急にどうしたの?」
「いえ……あれから何の連絡もなかったので、少し気になって」
「ゴメン。何かと忙しかったんだ」
「そうですか。すみません」
「別に謝らなくてもいいよ」
「ありがとうございます。それで、例の件ですけど、どうなさいますか?」
「そのことなんだけど……僕も僕なりにいろいろ考えてみたんだ。だけど、やっぱり、もうこれ以上、町村くんに関わるのはやめようと思うんだ」
「それは、慰謝料請求などはしないつもりだというふうに受け取ってもいいんでしょうか?」
「そう受け取ってもらって構わないよ。だから、もう、連絡は……」
「ええ、わかりました。これ以上の連絡はご迷惑になると思いますので、ご遠慮させていただきます」
「そうしてもらえると助かるよ」
「ええ。それではありがとうございました。桜子さんにもよろしくお伝えください」
「えっ!?」
どうして彼女が桜子のことを……?
僕は戸惑う。
そして、聞き返そうと、声を出す。だけど、電話はもう切れていた。無音の電話は、ただ虚しさだけを漂わせている。
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