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「……耀。……耀?」
目を開けると、紬が彼を見上げていた。
「どうしたの? なんだかうたた寝してるみたいだったよ」
「いや……どうだったかな」
耀は言葉を濁し、背もたれていた壁に手をつける。若干だが頭が重い。瞳の裏にまだ、昔の紬の姿が残っている。
今の回想は、自分が無意識に思い出したものだろうか。……自分は今、何を見たのだろう。
「ほら行こう。あっという間に列になっちゃって、もう一席増やせないか話してるの」
着物姿の紬がそう言ったので、
「おう」
と耀は下駄で踏み出した。鼻緒から覗く彼のペディキュアには、白いカラーに三つ足の烏がクールに描かれている。
実の季節も春。彼らは今、地域の妖怪イベントにネイルサロンとして参加出店しているのだった。店長念願の、出張店舗『つくも堂』である。
イベント開始直後だというのに、スペースの前には列ができていた。六花がお客に整理券と愛嬌を振りまく中、秋津丸とシノが早速施術を始めている。
この行列の全員がテーマ通りのネイルをしたならば、その様子はさながら百鬼夜行とも呼べるのではあるまいか。
今日の春の夜は、きっと見たことのない景色になると耀は思った。そしてこの景色を見せてくれるのが、隣にいる彼女であることに感謝した。
桜の舞う広場の通りに、草履と下駄の音が重なっていく。
この道を一緒に歩めるのなら、人と九十九どちらだっていい。
同じ道を歩み続ける限り、その景色は誰の前にも等しく、色鮮やかに現れる――。
そう思える場所が、今の彼らにはあるのだった。
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