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紬が六花と店内を掃いていると、カーテンを閉め終えた青年が近付いてきた。胸にあるネームプレートには『秋』と書かれている。
「お嬢。今日届いた新色、持ち帰りますか」
「うん。家でサンプル作りたいと思うの」
紬は答えると、彼の手元を見てこう付け足す。
「ありがとう、秋津丸」
返答を予想していたのか、彼の手元にはすでに新色の瓶が揃っていた。本名で呼んだ紬に、秋は生真面目に頭を垂れた。金属のように堅気なところは、元の姿の性質と同じである。
「紬」
つと、階下に戻ってきた耀が呼びかけた。
「他にもやることがあるぞ。わかってるよな」
「わかってる。心配しなくても、そっちの仕事もやるよ」
相変わらず早着替えだなと感嘆しながら、紬は掃除モップの柄をくるりと回した。一緒に頭も回転させて、今夜の予定を整理する。
祖父からの預かり物がいくつかある。ネイリストとは別の、現代では表向きとはいえない仕事の対象物だ。自分はまだ一度にいくつもこなせないが、うちの一つは今日終わらせよう。
紬はやると答えたのに、耀は難しい顔をした。その横で、六花が冷やかしを込めてささやいた。
「耀が心配してるのは仕事の方じゃなくて――」
「うるさい」
耀の人差し指が六花の額を勢いよくつつく。本日二回目の小突きに、少年は額を押さえて仰け反った。
「痛い! 今度のは本当に痛かった!」
「そりゃあ悪かったな」
「このドS屏風……」
「なんだ。小箪笥は悪態も小さいのか、よく聞こえねぇな」
さっと黒い袖をさばいて、耀が意地悪そうに笑った。それに六花は銀髪を踊らせ、猫のように噛みつきじゃれ始める。
二人が喧嘩のように馴れ合うのはいつものことで、和んだ紬は目を細めた。秋が間に入って止めるのも、紬には慣れ親しんだ光景だった。
そのまま清掃を終え、戸締まりをして、一行はにぎやかに帰路に着く。帰る家はみな同じ。ここでも先頭は紬になる。
東京の夜気を頬に浴びながら、彼女は背後に三つ、大霊が付いてくるのを感じた。振り返ると、そこには当たり前のように三人がいる。
彼らは思い思いの表情をつくって、紬をじっと見つめ返す。
屏風と小箪笥と刀の鍔。人の風姿だと美形だが、わかっているとそれらしく見えるのだから面白い。
百鬼夜行には数少ないが、彼女の自慢の店員は、自慢の家族は、みな立派な九十九神である。
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