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「ちょっとやりすぎかな?」
降りしきる花弁の一枚を指の腹にのせて、六花は微笑をこぼした。
桜の花びらに似せた、真珠色の小さな薄片。その正体は雪なのだが、ただの雪とも違う。
六花の本体は、風花螺鈿子箪笥。
貝殻の裏側を漆や木地などに貼り付ける工芸技法を螺鈿という。使われる貝の種類はいくつかあるが、昔に多かったのが夜光貝で、近世からはあわび貝が増えてきた。
ひときわ色のよい部分を薄く切り出され、丹念に磨かれた海の欠片は神秘的な輝きを放って、見る人をたちまち魅了する。
その美しさは六花が九十九神として示現しても変わらないし、そんな彼が降らす雪もまた、螺鈿のような輝きを備えている。
しかしもちろん雪なのだから、暖気にさらされると水になる。
水は六花の手の及ばない存在なので、何の変哲もない水として天地に還る。
妖精でもないが人でもない彼は、自分の霊気の許すだけ特異な術を使うことができるのだ。
土手の片隅で術を行使する六花の体は、真昼の日の光を浴びて、螺鈿と同じ輝きをまとっていた。頬の横を垂れる髪の束がふわふわと浮いて、周囲の空気がつぶさに燦めいている。
紬はそれを見て、桜の開花時期だったらできなかったと思った。
一目を避けた場所にいるとはいえ、今の六花は大変目立つ。
花見の人がいなくてよかった。いや、今がその時期ならば、そもそも自分たちはこうしてはいなかったのだけど。
術の行使をそばで見守っていた紬は、きゅっと肩を縮めた。
一時であれ雪が降っているのだから、少し寒い。
顔の前で両手をやわく合わせて、はぁと中に吐息を吹き込むと、同時に肩に何かがかけられた。
紬が首を回すと、被せられたのは耀が着ていた、和装の羽織ものだった。
「耀が寒くなっちゃうよ」
「九十九に寒いなんかねぇよ」
紬が耀を振り返ると、着流し姿の青年はつんと顔を逸らした。怒ったようにも聞こえる物言いだ。
羽織の内側にほのかに残った体温が、時間を挟んで紬の身に染みた。
「こんな風に力を使ったの、いつ振りだろう。気持ちいいな」
紬たちの方を見て六花がはにかんだ。
少年の浮かれた顔に、耀は呆れたように息を吐いた。
「女たらし」
「そういう言い方は心外……でもないか。区別する気はないけど、女の子に優しくするのは特別好きなんだよね。僕の元々に関わるから」
「嫁入り道具だもんね」
紬はうんうんとうなずいた。
六花の由緒を辿ると、元は明治期につくられた嫁入り道具なのだ。
九十九の姿はこれまでの持ち主に似るともいうけれど、六花は男の子。
紬が昔そのことを聞いたとき、
「理由があるんだよ。ちょっとした」
と彼は笑っていた。今と何ら変わらない、美少年の姿だった。
「だからね、女の子をきらきらさせるネイリストの仕事は大好き」
「六花が嬉しいのは女の子限定なの? 最近は男性向けのネイルサロンもあるし、女性だって、前よりもいろんな年代の人が来るようになったよね」
誰に対しても上機嫌に働いてくれるから。
紬が純粋な疑問をぶつけると、六花はおかしそうに目を細めて、
「何言ってるの。男の人は置いておいて、僕の年齢からすれば、人間の女性はみーんな女の子だよ」
と声を弾ませて笑った。
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