兄・春苑惟人の帰国

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 人も九十九も同じで、二年もすれば東京暮らしには慣れた。  名津彦の家に帰郷するのは年に二回ほどだが、電話でのやり取りはそれなりに多い。  仕事の相談をすることもあるし、他愛のない日常会話だってする。 「うん、うん。ありがとう、おじいちゃんも身体に気を付けて」  祖父からの電話を廊下で取っていた紬は、そう言ってスマートフォンの通話を切った。  振り返ってすぐの戸を開き、リビングに入る。と同時、二人掛けソファの周りでくつろいでいた三人が、一斉に紬の方を見た。  ソファに座る秋と六花と、その下のラグマットでくつろぐ耀。  みな、紬の言葉を待った顔をしている。  話の内容、ちょっとは聞こえていたのかも。  紬は言いにくそうに口を開いた。 「お兄ちゃんが帰国してて。明日うちに来るって」 「また随分と急だな」  耀が呆れ顔で言った。やはり戸越しに聞こえていたらしく、ちっとも驚いた風ではなかった。 「今おじいちゃん家にいるらしいよ」 「久しぶりに帰ったら紬が上京してるんだもん。そりゃあびっくりするって」  仕方なし、という六花の言葉。  隣の秋も同意して、慰める口調でこう続いた。 「まして自分たちが一緒ですしね。心配されるのも当然だと思います」  リビングの戸を閉めた彼女は、彼らの座るソファに歩み寄って、その肘置きの片方に軽くお尻を乗せた。 「どうしよう。というか、つくも堂は営業日だし、こっちに着くのは夜にするよね、きっと」 「さぁな。道中に連絡取れるのか」  紬が視線を落とすと、足元の耀とばっちり目が合った。紬は彼の金色がかった瞳をまじまじと見つめながら、 「私、お兄ちゃんの連絡先知らないよ。というかお兄ちゃん、スマホとか携帯とか、持ってないんじゃないかな」  と眉を下げ、またすっくと立ち上がった。 「やだ。もう一回電話してくる」  紬は早足でリビングを抜け、廊下へと向かった。  途中、スマートフォンを落としそうになる彼女の背中を眺めながら、六花が呟いた。 「さすが惟人(これひと)。来る前から慌ただしいね」 「疲れる予感しかしない。……あいつの前では、馴れ馴れしく名前を呼んでやるなよ」 「うん。わかってるよ」  目を細めてこめかみをつつく耀に、六花はからっと笑った。  少年はテレビの電源を付けると明日の天気予報を映して、 「うわぁ、見てよこの気温。東京はやっぱり暑いねぇ」  と大袈裟に嘆いてみせた。
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