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部屋の数も困らないので、惟人はこの一件が落ち着くまでの間、紬たちの家に滞在することになった。
彼が見知らぬ土地でやっていける所以なのだろう、一日経つと惟人は東京・春苑家のあれこれを目で覚えて、以降は自ら家事を引き受けた。
気は引けるが、自分たちが仕事でいない間に家事雑事が終わっているのは正直ありがたい。
彼はこちらが触れられたくないところは触らないから、紬はなんとも憎めなかったし、不思議なのは、彼がしっかり五人分の食事を準備することだった。
九十九は食べなくても活動できるから。
そんな風に言ってのけそうな兄なのに、兄妹と同じ献立を準備するし、二日目からはテーブルも一緒だ。
麻と辣のしっかり効いた麻婆茄子を食べながら、紬は無言で考えていた。
まだ怒りは収まっていないけれど、美味しいのは別。
皿の上が無くなると、紬は席を立って中華鍋へ向かった。
「お兄ちゃんだって耀の煮物をおかわりしたし、おあいこ」
そう言っておたまを手にすると、耀が小さく吹き出した。
「おあいこっていうのは、この場合俺が食べることを言うんだろ」
そのままくつくつと笑う耀に、紬は頬を赤らめた。
「別にいいでしょ。怒っているのは私なんだから」
「そうだな。俺たちは気にしてないのに」
「私が嫌なんだもん」
ふいっと顔をそむけ、紬はまた席に着いた。置いた皿には追加の一食分を盛っている。
お米の方が足りなくなるかも。
そう思いながら、紬は再び箸を持った。
紬が九十九と話すことに、惟人は口出ししない。ただその様子を静かに眺めている。
紬の好きな物と知って、本場で習得した中華料理。その他にも、園芸とか、ガラス工芸とか、金属工芸とか、ボードゲームとか。
何でもできる器用な兄だが、今は機嫌取り以上に効果的なこと――すなわち謝ることが、できなかった。
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