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春苑惟人は、陰陽師としての才能に富んだ人物だ。
霊気に敏感で、紬のように意識せずとも物の気脈が視える。
多感な子ども時代はそれに悩まされることが多かった。
周りに不審がられるので、事情がある程度知られている祖父の家で暮らしていた。父母や紬と離れて暮らしていた。
父母が病で早世し、紬が祖父の家にやってきたとき、惟人は中学二年生だった。
彼は高校から下宿を始め、以降ずっと家を出ているので、紬と一緒に住んだのは二年足らず。
それでも、仲が良い――というより、好き合っている兄妹だと紬は思っていた。
惟人が九十九と交わることを拒否し、頑張っても霊鎮めできないことを周囲に打ち明けてからも、兄は妹には優しかった。
自分を想って色々なことをしてくれる兄が、紬は好きだった。
自室に引きこもる紬は、机の端にいつも置いてあるオルゴールを手元に寄せた。
惟人から贈られた成人祝いの品だ。
象嵌細工の木箱の中で、金色の円筒が回るシリンダー・オルゴール。
木箱は惟人の手製らしく、送り元はイタリアだった。
紬はベッドの端に座ると、ミモザの花がデザインされた蓋を開けた。
華奢な巻き螺子に手をかけて、しかし回さなかった。
見た目は壊れていないのに、今動かしたら、どこかの音が欠けて聞こえるような気がしたのだ。
兄を傷付けたことを、紬は後悔していた。
もう、どちらか一方が折れるということはなくて、折れるなら共倒れ。
明日、神像の霊鎮めをやろう。
その後に兄妹の関係がどうなるかはわからないけれど、まっさらになることはないと思った。
それが妹の甘えだとしても、そう信じなければ辛かった。
「お嬢。……少しよろしいでしょうか」
つと、ドアの向こうから秋の声がした。
「なあに」
オルゴールを置いて、ドアを開ける。
紬が見上げると、凛々しい双眸を優しく細める、秋の顔が目に入った。
鍔は慎ましやかに言った。
「足音を忍ばせて、自分に付いてきてくれますか」
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