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地域差があり、専門的とはいえないけれど、『竹爪』という言葉がある。
竹のようにまっすぐ伸びた、縦長の爪を指す表現だが、紬たちの中でいえば耀の爪がそれに当たる。
「蓮、描いてもいい?」
「花か」
「えっとね、葉っぱも描く。親指と薬指は花だけど、その他は葉っぱと茎。どうかな?」
「おう。好きにしろ」
骨董部屋とは違う和室で、紬と耀は向かい合って座っていた。
障子戸だけでなく廊下のガラス戸も開放しているので、風通しがよく心地よい。
耀に片手を貸してもらいながら、紬は兄からもらったスケッチブックを眺めている。
このデザインなら竹爪向きだと見定めて、耀の手を取り、まずは下地のカラーより取りかかる。
なにぶん時間のかかる作業なので、営業ならば希望のない場合、両手を同時に行うのが普通である。が、家の中では身内という理由もあって、片手ずつにして、その間に相手は読書だったり、うたた寝したりと気ままに過ごす。
「耀が週刊誌読むなんて珍しいね」
耀の膝の上に乗っかっている雑誌を見やって、紬が言った。
彼女が『週刊誌』と指したのは、芸能人のゴシップニュースで話題を呼ぶような、成人向けの総合情報誌のことである。
店に置く女性誌やネイル雑誌は大体家にも置いてある。
それらは仕事柄、みなが目を通すようにしているけれど。
そうでないものをわざわざ買って読んでいるのは、割と珍しい光景だ。
「ちょっと、気になる事件があってな」
雑誌に目を落としたまま、耀が答えた。
「どんなの?」
「辻斬り」
この時代には似つかわしくない語句に、紬の口がぽかんと開いた。
「聞き間違いじゃないよね」
と言って雑誌を覗き込むと、『現代に現れた辻斬り!?』というゴシック体が目に入った。
ページ全体の雰囲気としては、怪しげな、茶化すような風である。
こういう雑誌ではよくある……と言えるまで、紬はこの誌を購読してはいないけれど、イメージ通りではある。
乾きそうになった筆を引っ込め、紬は眉をひそめた。
「これ。この間ニュースでやってた、通り魔事件を指してるんだよね」
誌面の内容は、三日前に東北であった傷害事件に触れていた。
深夜、帰宅途中のサラリーマンが背後から何者かに襲われたという事件。
犯人は見つかっておらず、犯行に使われた凶器もそのときは報じられていなかったのだが、
「その事件のあった直前に、個人所有の刀が盗まれているんだと。……秋津丸も言ってたろ、昔から妖刀騒ぎは――ってな」
そう言って、耀は九十九の関与をほのめかした。
「テレビであまり騒いでいないのは、関係者が隠しているのかな」
「どんな関係者かはわからないけどな。仮に九十九が関わってるなら、こっち側だ」
無表情の耀は、誌面をなぞっていた指を畳の上に落として、とんとんと軽く小突く。
その仕草は警告であり、そしてその意図は紬に正しく伝わった。
昼と夜がなめらかに繋がっているように、どちら側であろうと世界は一枚の上にある。
うすら寒い、と紬は感じた。
ニュースで眺めていただけの事件が、ふと爪先を伸ばして、こちらに近付いたような心地がした。
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