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なんだか変な人がいる。
紬がそれに気付いたのは午後の営業中、一見さんの会計をしているときだった。
明らかにこちらに用事がある人だ。
不審人物はガラス越しに店内を見ようと、つくも堂の前を探るように行ったり来たりしている。
不審、かつ不用心。
こちらから丸見えであることを、相手は気付いているのだろうか。
年は紬と同じくらいに見えるが男性で、もちろん男性がそうでも歓迎するのだが、その人の様子は客らしくない。
店に入りたいわけではなさそうだ。
三人の誰かに相談しようか、紬がそう思ったとき、男は紬の視線に気付いた。
すぐに場を立ち去ったが、しかし直前、彼は軒下の案内板を一瞥した。
紬はそれを見逃さなかった。
――そして、案の定である。
同じ日の閉店時間に合わせて、その人物は再びやって来た。
彼が日中案内板を見たのは、つくも堂の営業時間を確認するためだったのだろう。
四人の行く手に立ちはだかった青年は、今はしゃんと真正面を向いて、こう口を切った。
「蜻蛉鍔、示現していたのだな」
断定的な物言いに、紬たちは言葉を詰まらせた。
男の再訪問は読んでいたし、紬はそのことを三人にも話している。
ただ、その目的は予想外だった。
九十九の関係者がここを訪れたことなど、今までに一度もない。
「間違いない? ……そうか」
こちらは何も答えていないというのに、青年は頭を屈め、うつむきがちにそう言った。
紬の耳元で耀がささやく。
「九十九がいるな。……あの刀身か」
この暑い季節に、青年は長丈のカーディガンを羽織っていた。
紬は単に不思議とだけ思っていたが、どうやらその丈で隠しているものがあるらしい。
紬は神経を研ぎ澄まして、霊気を探った。
控えめな気ではあったが、彼の服の下に九十九と、それが宿る刀身の存在を感知した。
「人一人で、三つ従えているのだと? それはすごいな」
紬たちには九十九がいるとわかるが、はたから見れば独り言を呟いている人である。
通りすがる人が自分を避けていることに気付いているのか、いないのか。
彼は相変わらず紬たちをうかがい見ながら、腰元のそれと一心に話している。
「してどれだろう、まさか真ん中のおなごではあるまいな」
「おなごって……」
そんな言い方する人、今の世の中にいるんだ。
紬が思わず反応すると、自分の九十九からまた何かを得たのだろう、彼はさっと歩み出た。
「蜻蛉鍔の所有主と話がしたいのだが。どうすればよいだろうか」
殺気とまではいかないけれど、鋭く、生真面目な態度である。
例の辻斬りではなさそうだが。
紬は身を引き締めて応じた。
「遠くにいるので、代理でお話を聞きます。私、所有主の血縁者なんです」
言うと、目線をずらし、秋の方を見上げた。
思い詰めたような顔をしている。
紬と目を合わせると、季節外れの蜻蛉はきつく唇を結んだ。
うす紅い、夕暮れ色の瞳は心配そうにこちらを見つめていて、彼にそのような目を向けられたのは、紬には初めてだった。
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