鍔と忠誠と在り方と

4/14
前へ
/105ページ
次へ
 初対面の人を家にあげるつもりはないし、新しく場所を考えるのも面倒だったので、紬は再びつくも堂の錠を開けた。  カーテンは下ろしたまま、待合スペースで二人は相対する。  紬と青年は机を挟んでソファに座り、九十九たちはというと、申し合わせたように紬の後ろに立ち並んだ。  名刺のやり取りはなく、 「片倉(かたくら)一和(いちわ)と申す」  と、彼は紬に一礼した。  当初は不審者と見ていたが、よくよく観察すると爽やかな好青年だ。  英姿颯爽。彼は向き合ってみれば気持ちのよい、誠実そうな声を出す。  短髪のさっぱりした外見で、その手入れは凛々しい眉にまで行き届いている。  ――どことなく秋に似ている、見た目も雰囲気も。  九十九は使用者に似る。  そこに考えが及ぶと緊張して、紬はこっそりと息を吐いた。  片倉一和は早速、用向きを伝えんと語り出した。 「長年、片倉家で探していた鍔がある。元はこの刀に付いていたものである。……失礼」  断ってから、一和は自身の刀を机の上に置いた。  カーディガンの下から現れた刀は、紬の予想を超えない長さのものだった。  刀身は黒漆の鞘に収まって、それは立派な外装をしている。  持ち歩くには勿体ないくらいの見事な(こしら)え。  ただし、鍔だけがない。  喰出鍔(はみだしつば)のように鍔が小径で目立たなかったり、元々鍔のない刀だってあるけれど、これはそういうものではなさそうだった。  鍔だけが抜けてしまった不完全さ、不自然さ、不穏当さ。  それは刀界隈にはあまり詳しくない、紬が見ても感じられた。 「この刀より鍔が抜かれたのは、明治に行われた武家制度の解体がきっかけであった。家が財政難に陥ってな。その際に、珍しいことだと思うが、この刀の鍔のみを欲した商人がいたそうで……背に腹は代えられぬと、仕方なく、身を切る思いで、鍔だけを手放したのだ。俺の曾祖父のさらに父、和六郎の代のときだ」  まるで当時そこに居合わせていたのかと思うほど、青年の口ぶりには情がこもっている。  紬の聞いている様子を目で確認しながら、彼は言葉を言い繋ぐ。 「しかし、一度手放したとはいっても、心までそうであるわけではなかった。和六郎はその鍔を取り戻さんと努力したそうだ。結局は為せなかったが……それでも子孫が、いつかまた迎えに行くように、そのために刀身は何があっても手放さぬようにと和六郎は伝えた。その思いは家全体の悲願となって、今日まで言い伝えられてきたのだ」 「その鍔が、秋津丸なんですか」 「示現した姿の名は秋津丸というのか。ならばそうである」
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

229人が本棚に入れています
本棚に追加