鍔と忠誠と在り方と

5/14
前へ
/105ページ
次へ
 秋津丸という名前はおじいちゃんが付けたのだった、と紬は思い返した。  困惑して、頭の回転が少し鈍っている。 「刀身を手放さないようにという言い伝えは、中の九十九と関係が?」 「ああ。姿まで示現させるには至らなかったが、声だけでも聞くことができるように、家と付き合いのある陰陽師にお願いしたそうだ」  そう聞いて、紬は刀へと視線を落とした。  何か言わないかな、と意識を傾けてみたが、刀身はじっと佇んでいるだけだった。  声は主人にしか聞こえないのか、もしくはこの子は主人が話しかけない限り、口をきかないのかもしれない。 「この刀身に声を与えたのも、いつかは蜻蛉鍔を買い戻すため。刀身と刀装具は惹かれ合うらしくてな。一度くっ付いた場合は特に」  一和がそう言って秋津丸を見たので、紬もちらりと振り返った。  彼は背を正し、いつも通りの表情を守って、じっと刀を眺めている。 「それでも、あのまま仙台にいたのでは気が付かなかったであろうな。元々、東京に来たのは他に理由があってだ。……其方らは存じているか? 先日こちらで傷害事件があったのを」  問われて、紬は再び一和へと向き直った。 「週刊誌では辻斬りと言われていましたね」 「話が早い」  青年はうなずくと、 「俺はその辻斬りの、捕獲を依頼されているのだ。正しくは辻斬りが所持している刀なのだが」 「それも九十九が関係しているんですか」 「ああ。九十九を保持していることもあって、そういう仕事が稀に回ってくるのだ。辻斬りを追って東京までやってきたら、探していた蜻蛉鍔の存在をこいつが察知してくれた。俺の話はそういうことである」  と自身の事情を打ち明けた。  つまりは、辻斬りの事件と秋津丸は関係ない。  紬は心の隅でほっとすると同時に、表情を固くした。 「それで、祖父にはなんとお伝えしたらいいんでしょう」  わかりきっていたが、念のために聞いた。  一和の返答は予想した通りだった。 「蜻蛉鍔を買い取りたい。金は惜しまないが、相場を考えてまずはこのくらいを提示させていただきたいと思う」  一和は前屈みになると、刀を乗り越えて、机の上に一枚の紙を提示した。  一方的に決めるつもりはないのだろう、領収書の類いではなく手書きのメモだ。  そこに書かれた数字の、0の数を目で拾って、紬は頭がくらりとした。  一和は相場を考えてと言ったが、普通に蜻蛉鍔を鑑定したときの二十倍はある。  紬は左手で自分のこめかみを押さえた。  一和の顔をまともに見ることができない――金額だけが理由ではない。  硬質な書きぐせ、強い筆圧。  金の大きさではなく、片倉家の執念に、紬は気押されそうだった。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

229人が本棚に入れています
本棚に追加