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掛け時計の短針はとうに真上を越えていた。
紬はいつも通りに骨董の霊鎮めを終えると、彼の額に触れていた手をそのまま頬に移して、
「秋津丸」と、彼の名を呼んだ。
「お嬢。……どうしたんですか」
頬骨に指を添えられて、秋は戸惑ったような声を出した。
「私。本当はね、いくらお金を積まれても、どんなに欲しいって訴えられても、秋を渡したくないのよ。ずっと一緒に住んでいたい」
それが三人に対する紬の本音だった。
損得勘定は一切ない正直な気持ちで、同時に幼い考えだということも、紬は自覚していた。
「でも、そういう考えだけじゃいけないのも知ってる。秋には鍔としての生い立ちがあって、未来もある」
「えっと、お嬢。手を……」
「ダメ。離したら、私が言葉を切らしちゃう」
こうしていれば、秋の気脈を感じることができる。生きていると実感できる。
秋の頬に手を当てながら、紬は説くように続ける。
「秋はね。物として生まれたし、今も素晴らしい代物よ。ただ、心があって、それを伝える手段もあるの」
秋の気持ちも、自分の気持ちも逃さぬように、紬は指先から秋の存在をたぐった。
陰陽の力を宿した爪の先は、ほんのりと熱をおびる。
紅色のグラデーションネイルが淡くまたたくと、無意識なのか、同じ色を帯びる秋の瞳が気持ちよさそうに細まった。
「私が秋を手元に置いている以上、秋にも思ってることを言って欲しい。だから、今回の話は、私だけでは決めないよ」
紬の指先にとろとろと、温かい秋津丸の霊気が流れ込んできた。
秋は紬の手を取ると、
「これ以上は」と慎ましやかに、丁寧に彼女の方に押し戻した。
「……耀がお嬢のことを頑固だと言う意味が、よくわかりました」
「直した方がいいかな?」
「……わかりません」
秋は困った顔で笑った。持ち主を気遣ってそのままでもよいと言わなかったことに、秋自身が驚いた。
体一つ分後ろに下がり、霊鎮めを終えた骨董を片付けながら、紬が言った。
「遅くに呼び出してごめんね。ちゃんと話してからじゃないと眠れそうもなくて。三人の部屋も明るかったから、秋も起きてるかなって」
「それは気にしないでくださいませ。自分たちも眠れなくて、適当な時間を過ごしていましたので」
「何してたの?」
「六花は読書、耀と自分は将棋の対局を少し」
「いいなぁ。楽しそう」
明日は休みだし、私も起きたら相手してもらおうかな。二人みたいに強くはないけど――と紬がそう思ったとき、彼女の足元でスマートフォンが鳴った。
電話の呼び出し音。こんな時間に?
驚いて見ると、液晶にはつい昨日知ったばかりの名前が浮かんでいた。
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