鍔と忠誠と在り方と

7/14
前へ
/105ページ
次へ
 掛け時計の短針はとうに真上を越えていた。  紬はいつも通りに骨董の霊鎮めを終えると、彼の額に触れていた手をそのまま頬に移して、 「秋津丸」と、彼の名を呼んだ。 「お嬢。……どうしたんですか」  頬骨に指を添えられて、秋は戸惑ったような声を出した。 「私。本当はね、いくらお金を積まれても、どんなに欲しいって訴えられても、秋を渡したくないのよ。ずっと一緒に住んでいたい」  それが三人に対する紬の本音だった。  損得勘定は一切ない正直な気持ちで、同時に幼い考えだということも、紬は自覚していた。 「でも、そういう考えだけじゃいけないのも知ってる。秋には鍔としての生い立ちがあって、未来もある」 「えっと、お嬢。手を……」 「ダメ。離したら、私が言葉を切らしちゃう」  こうしていれば、秋の気脈を感じることができる。生きていると実感できる。  秋の頬に手を当てながら、紬は説くように続ける。 「秋はね。物として生まれたし、今も素晴らしい代物よ。ただ、心があって、それを伝える手段もあるの」  秋の気持ちも、自分の気持ちも逃さぬように、紬は指先から秋の存在をたぐった。  陰陽の力を宿した爪の先は、ほんのりと熱をおびる。  紅色のグラデーションネイルが淡くまたたくと、無意識なのか、同じ色を帯びる秋の瞳が気持ちよさそうに細まった。 「私が秋を手元に置いている以上、秋にも思ってることを言って欲しい。だから、今回の話は、私だけでは決めないよ」  紬の指先にとろとろと、温かい秋津丸の霊気が流れ込んできた。  秋は紬の手を取ると、 「これ以上は」と慎ましやかに、丁寧に彼女の方に押し戻した。 「……耀がお嬢のことを頑固だと言う意味が、よくわかりました」 「直した方がいいかな?」 「……わかりません」  秋は困った顔で笑った。持ち主を気遣ってそのままでもよいと言わなかったことに、秋自身が驚いた。  体一つ分後ろに下がり、霊鎮めを終えた骨董を片付けながら、紬が言った。 「遅くに呼び出してごめんね。ちゃんと話してからじゃないと眠れそうもなくて。三人の部屋も明るかったから、秋も起きてるかなって」 「それは気にしないでくださいませ。自分たちも眠れなくて、適当な時間を過ごしていましたので」 「何してたの?」 「六花は読書、耀と自分は将棋の対局を少し」 「いいなぁ。楽しそう」  明日は休みだし、私も起きたら相手してもらおうかな。二人みたいに強くはないけど――と紬がそう思ったとき、彼女の足元でスマートフォンが鳴った。  電話の呼び出し音。こんな時間に?  驚いて見ると、液晶にはつい昨日知ったばかりの名前が浮かんでいた。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

229人が本棚に入れています
本棚に追加