鍔と忠誠と在り方と

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 夏の男鹿(おが)、秋の日光、休日を丸々使って房総半島。  色々なとき、色々なところに連れて行ってもらったけれど、横浜の夜は初めてだ。  街道を走る途中、紬と秋はインカムの電源を入れた。  会話ができるようになってから数分後、 「お嬢」  と秋が紬に呼びかけた。  風を真っ向から受けた状態での、機械越しの声。  そういった状況には慣れてはいるが、今日は普段よりも雑音が混じっていて、どうしてか秘めやかに聞こえた。  聞き逃さないように、紬は目を閉じ、耳を澄ませた。  秋に回す両腕の力をほんの少し強めると、彼は深呼吸を一つしてから、こう続けた。 「俺自身が向こうへ行きたいと、そう思っているわけではないのです。これは動物でいう本能。鍔であるが故の習性のようなものです」 「それでも、あなたの一部じゃない」  秋の背中に、ヘルメットの額部分をこつんと当てて、紬は優しく言った。 「本能と意思の境目って、はっきりしている方が珍しいと思うの。それは人間も同じよ」  心は難しい。いつだって複雑で、そこに人間と九十九の違いはないから。 「私にとっては今、一和くんを追いかけたいと思う秋津丸が、そのままの秋津丸よ。全部ひっくるめてあなたで、唯一無二の大切な存在」  だから離したくないし、逆に背を押したいとも思うのだ。 「本当に習性だったとしても、いいじゃない。自分の気持ち、大切にして」 「……ありがとうございます」  紬の存在を背に感じ止めながら、秋津丸は思惟(しい)に耽った。  鍔として、刀身や使い手に惹かれるのが己の習性ならば、なぜ悩むのだろうか。  自分はその用途、在り方がはっきりしている『物』なのに、なぜ考えることをする。  九十九とは何か。  今この背にいる人……武道とは交わらぬところにいる彼女に尽くしたいと願う、この気持ちは何か――。  風を裂き、疾駆の音を細く響かせながら、蜻蛉は人のつくる流星を見る。流れていく街の光を見る。  道の先を見据え、彼はいよいよバイクの疾走に神経を集中させた。  自身の習性を使って一和の刀身を追い、やがて行き着いた先は、ひと気のない小さな公園だった。
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