鍔と忠誠と在り方と

10/14
前へ
/105ページ
次へ
 一方、春苑家では置いてけぼりの九十九が二つ、門先で次のようなやり取りをしていた。 「行っちゃったね」 「紬はどうしてああも突っ走る。誰に似た?」 「さぁ。誰も思い浮かばないけど……って、耀。何する気」  大人しく家の中に戻ろうとしていた六花は、怪訝な顔で耀を見た。  耀の体内の霊気が波打っている。  くつろげていた着物の衿を直し、彼は夜風を従えるように、両の袖をばさりと振るった。 「追いかける」 「この時間だよ? 電車もないのにどうやって……わわっ!?」  つむじ風の生じると共に。  耀が霊気を具現化させ、背中の上部より生やしたのは鳥の翼だった。 「高いところが苦手なら、目つぶってろ」  黒い両翼を広げた彼は、六花の体を担ぎ上げると容易く飛び上がる。  その勢いは強く、二人はあっという間に地上から遠く離れ、街一帯を見下ろす高さへと飛翔した。 「耀って空飛べたの!?」 「一応烏だからな。……ただ、二百年ぶりだ。墜落したら悪い」 「悪いじゃすまないって! 九十九の体は死なないかもしれないけれど、少なくとも精神には悪い!」  さして悪気も感じていない断りに六花は叫んだ。  自分だって浮くことはできるけれど、飛行なんか未経験だ。というか、どうして今まで教えてくれない。 「……もう! 老体で無理しないでよね! 僕、絶対に落ちたくないから!」  遠くに見えていた電波塔の電飾に、雲のもやがかかり始めた。  耀が飛ぶ速度を速めると、そんなものも一切見えなくなって、視界にはただ闇が広がるばかりである。  普通に怖いんだけど!  ――六花の悲鳴は、首都の星なき夜空に吸い込まれていった。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

229人が本棚に入れています
本棚に追加