鍔と忠誠と在り方と

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 何が為に鍔は在るか。  今の彼らの想いとは関係のないところで言えば、鍔の役割には二つある。  一つは重心を使用者の近くに寄せて、刀全体のバランスを取ること。  そしてもう一つは、使用者の手元を守ることである。  自分の指を切る可能性があるために、鍔のない刀は突きができない。  鍔迫り合いも、相手の刃が落ちてくるので不可。  それでも、一和はこれ以外の刀を持とうとしなかった。  己の人生はこの刀身と一緒に蜻蛉鍔を求め、修練を重ねていく旅なのだ。  ……元より、天命という言葉が好きな男子である。  今、片倉一和は夜闇という悪環境に苦戦を強いられていた。  樹木に囲まれた真っ暗な視野。  加えて機会のない実刀同士での戦いは、彼の手数を減らし、動きを鈍らせた。  九十九から力を借りているとはいえ、辻斬りの技はひどく未熟である。  ただし、憑かれている使い手は目がすわっているのに、やたら夜目が利き、豪胆な攻めをする。一和とは逆。  本来ならばかわしていた一振りを、一和は真正面から受けた。  そのまま流そうと剣を(かし)いだが、相手の方こそ刃の向きを変え、刀身を滑らせた。  おそらく一和の刀に鍔がないことに気付いたのだろう。  その白刃は躊躇なく一和の手元へと向かった。まずい、と一和は思った。  柄を離さなければならないか?  いや、武器を離せば、それこそ次の一太刀で終わりである。  そう、一和が判断に苦しんだときだった。  現場に荒々しいエンジン音が鳴り響いたのは。 「一和殿!」  その轟音に負けず、秋津丸は吠える。と、彼は煙のように姿を消した。  直後、刀身の滑る擦過音の後に、鍔同士がぶつかる音が響いた。 「感謝する!」  間一髪のところで救われた一和は、そう叫ぶと得物を振るった。  辻斬りの刀を払い、一歩引いて構えを正す。  眼前が開かれた心地がする。  刀身と蜻蛉鍔。自分に寄り添ってくれる、二つの九十九が頼もしい。  一和は踏み込んだ。  辻斬りが迎え撃つ前にその懐に入った彼は、相手の腹部目がけて刀を食い込ませた。峰打ちであった。  辻斬りを無力化した一和は、残りの処理を仲間に任せた。  捕獲された刀、もとい九十九は然るべきところに送られて、霊鎮めによって治療されるだろう。  そこは自分の関知しない世界である。  一和は鞘に刀身を収め、自身の愛刀に目を落とす。  百年越しに帰ってきた透かし彫りの蜻蛉(勝ち虫)だったが、すでに手元を飛び去っていた。  鍔から人の姿に戻った秋津丸は、一和の視線を背に感じながら前を見た。  追いついた耀と六花が紬のそばに(はべ)り、何か話している。  秋はそこに歩み寄り、こう()べた。 「この蜻蛉鍔。一度は一和殿の刀に収まったものの、出戻ってまいりました。まだ願いを聞いていただけるのでしたら、もうしばらく、お嬢に仕えさせていただきたく思います」  紬は柔らかく微笑んだ。 「そっか。わかったよ、秋津丸」  秋がそれを望んでくれるなら。  紬は秋の後ろにいる、一和の方に視線を投げかけた。 「そういうことで、よろしくお願いします」 「……了解した」  礼節をもって頭を下げる紬と秋津丸に、一和は穏やかに返した。  彼は不思議と凪いだ気持ちだった。  当然、蜻蛉鍔が離れていくのは惜しい。  それに片倉家の跡継ぎとしては、たとえすがってでも彼を手に入れなければいけないのかもしれない。  けれど、今回は見逃しても許される――むしろ、手を出せば無粋と怒られるような気がした。  そう思えるだけ、今の秋津丸の眉目は澄み、心の決まった表情をしていた。  このとき一和は蜻蛉鍔を、同じ一人の男として見たのだった。
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