つくも堂・二つの顔

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「平気か」 「私なんか、仲介役だもの。耀の方こそ疲れてない?」  紬が手を離してパートナーの顔色をうかがうと、彼は鼻で軽く笑った。 「ふん、俺を何だと思ってる。たったこれしきの『魂鎮(たましず)め』、あと何百遍だってやってやる」 「今日はこれだけ」  紬は両手で文箱を挟み、真上から見下ろした。  先ほどよりも霊気が安定している。つまりは元気になった……紬は昔、祖父からそのように教えられた。  ――人が病気になるように、長く使われた物もまた、病にかかることがある。  東洋の陰陽道でいうと、陰陽どちらかの気が増える、もしくは減ることで、霊的な均衡が崩れた状態になるというのだ。  紬が今やったのは、その均衡が崩れた文箱に、耀の霊気を分け与えることで(たい)らかにする術だった。  その道で呼ぶならば魂鎮め。  耀のように九十九神として示現するほど大きな霊気だと、少しくらい他に分けても平気なので、それを利用する。  そういう仕組みであるために、これは九十九神ありきの技となる。  紬は陰陽師と名乗れるほどの術者ではない――が、しかし仲介(パイプ)役とはいえ、陰陽の気脈を辿り、二つの霊を繋ぐことができる者も現代では貴重となった。  九十九神に手伝ってもらい、調子を崩した骨董品を治してやる。  祖父の伝手で回ってくる、つくも堂の裏の仕事だった。 「――雨だ」  耀のささやきに、紬は顔を上げた。  耀の視線は彼女の頭を越えた、部屋の障子戸の方にあった。  引っ張られるように、紬も振り返ってそこを見る。閉まっている障子戸をわずかにずらすと、そこで初めて雨音が聞こえてきた。 「激しくなるのかな。今日のお客さん、雨に打たれてないといいんだけど」  彼女は戸の隙間に顔を近付けて、廊下の窓から空を仰いだ。これは本降りになりそうだ。重い雲がかかっているのが夜の時間でもわかった。 「どうかな。だが花見には間に合ったんじゃないか」  紬の背後で耀が言う。 「明日はきっと、全部散ってる」  と、彼がそう続けた瞬間、空が光り、雷鳴が響いた。  紬がびくりと震えると、彼女の華奢な指先を、耀の手のひらが優しく覆った。  人と同じ温かさに、紬の視線がそこへと落ちる。 「……手、綺麗」 「そりゃあ、お前の好きなように弄らせてるからな」  耀はことも無げに呟いた。  この後も二度三度、空に春雷が走ったが、そのいずれにも紬は驚かなかった。  さした雷光は耀の手元まで伸び、彼の漆黒のネイルをよく艶めかせていて、彼女はしばらくそれに見とれていた。
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