円卓会議 in 黄竜飯店

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円卓会議 in 黄竜飯店

 明治神宮には吉凶おみくじがないのだが、代わりに大御心(おおみごころ)というものを引くことができる。  明治天皇さまや昭憲皇太后さまの和歌が書かれた、明治神宮ならではのおみくじだ。  菊の紋様が入った、美しく立派な和紙。紬が引いたのは昭憲皇太后さまの御歌(みうた)だったので地は黄色をしていて、そこには      糸  一すぢのその糸ぐちもたがふれば  もつれもつれてとくよしぞなき  と書かれていた。  糸巻きを解くときに間違って糸口を見失うと、もつれてもつれて、ついには解く方法がなくなってしまいますよ、という歌である。  世の中は複雑でもつれやすいものだから、互いの立場をよく理解し合って、自分の行くべき道を間違えないように。  解決の糸口を見出すためには、調べることや考えることも大切だ――紬は裏面の解説からそんな風に読み取って、大切にバッグの奥に仕舞い込んだ。  他の寺社も同じだけれど、ここの境内はとても涼しく、夏でも肌寒く感じるほどだ。  広壮な森がその理由にしても、そもそも神前は身が引き締まる。神域の冷厳さに、いつだって人は襟を正す。紬のように陰陽の世界に接していなくてもそう。  玉砂利の参道を帰りながら、紬を含めた四人は清らかな空気を存分に吸って、吐いた。  ここは霊気に満ち溢れているので、九十九としても嬉しいパワースポットなのである。  大鳥居を出たときは三人とも満足そうな表情をしていて、特に耀などは風呂上がりのような、さっぱりした様子だった。  ――と、いつも通り快い参拝だったが、実は本日の目的は別のところにあった。  ちょうど乗り換え駅が明治神宮前駅だったので、九十九たちの栄養補給を兼ねて寄ってみたのだ。 「六花どうしたんだろ。遅いねぇ」  乗車前に飲み物を買うと言って離れてから、何分経っただろうか。  別に急ぎではないからいいのだが、近くの自販機に行って帰ってくるだけなのだから、もうそろそろ戻ってもいいはずなのに。  人混みの中で紬が言うと、周囲より頭一つ分は背の高い秋津丸が遠くを見やった。 「向こうにいますね。女子と話しているようです」  長身の従者は無作法に指を指すことはなく、片手を目の上にかざして報告する。  同時に隣のホームに電車が到着して、人の波が動き出した。  紬の前にあった列がなくなって、女の子数人と話をする白銀の美少年が見えた。  互いにスマートフォンをかざして、何かをやり取りしている。連絡先でも交換しているのだろうか。  時を待たず、六花は女の子たちと手を振って別れた。  愛らしい笑顔で戻ってきた少年に、耀は苦々しく言った。 「軟派な箪笥め」 「女の子に愛されるのは僕の宿命なんだよ」  六花はそうは言いつつも、「ごめんね」と両手を合わせた。
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