ゾリア

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ゾリア

 レオノラが泣き叫んで塔を出て行った。その間を置かずにステラも同様に。  王子は迂闊だったと言わんばかりに追いかけようと思ったらしく、駈け出そうとしたが、セシリオに止められた。  そして王女やメイにも窘められてセシリオの後に付いて塔を出て行った。  王子のあんなに必死な顔は、初めて見たかもしれない。こんな時にあれだけど、ここまで想える女に巡り合えたことは、王子にとっていままでの生きてきた中で一番の福音だったに違いない。 追いかけるのを止められた時の切なげな瞳。 ―俺にだって、そういう女性はいるのに… 天下の色男ですら振り向いてもらえずにいる。いや、本気でぶつかったりしていないから?  それだけではなく、あっちもはぐらかす。 理知的な眼差しで。 「そういうふうに思えない」って。 ・・・話を戻す。 その後・・・とりあえず、ステラはメイが後を追うということで俺はレオノラを追いかけた。 まさかレオノラがあそこまで王子に想い焦がれていて、恋敵に魔法で攻撃するほど好きだったとは思いもしなかった。 いや違う・・・相手がステラでなければ彼女だってここまで激昂しなかっただろう。 前から彼女が王子のことが好きだということは知っていた。幼馴染のような俺たち3人だったが、もちろん王子は別格だった。 しかし、結婚できないほどの身分の差があるわけではなかった。 俺なんかよりよっぽどその点は希望があった。ましてレオノラは女性だからなおさらだ。(我が国の王族は結婚相手の身分についてはさほど厳しくない方である。 勿論同等の他国の王家の者が一番相応しいが。 事実前女王(王子王女の母上)は別国の王族ではない身分の者を婿にして国の跡継ぎを授かったのだ。)けれども一度決めた人の心はそう簡単には変えられない。これは普遍的な事実。 何度も言うようにレオノラはリーディのことがずっと好きであったがリーディはそうではなかった。おそらくレオノラのことをもう一人の優しい姉のような存在だと思っていたらしい。 王子の実の姉はスフィーニの誇る王位継承者である賢者の血を一番濃く引くもの。 普段王子はフィレーン王女には軽口をたたいていたが、公の場では敬意を表さなければいけない女性だ。(もっともそんな軽口をたたけたのは王子と俺だけだったが。) やっぱり気安く甘えられる存在ではなく、厳しく諭すようなそんな姉上だった。 ともあれ、小さいころから頭が切れて、ちょっと無愛想だけど優しい小さな王子が 年頃になり、まだ小柄ながらも少しずつ男になってゆく姿にレオノラはますます恋心が募ってゆく。レオノラも他の魔導師 (たいていは城に出入りしている魔導師の半分は貴族階級) の男共から人気はあった。何より彼女の雰囲気が女性らしいのと物腰の柔らかさに惹かれる男が多かった。 しかしながら彼女の能力とハれるのは王子王女のほかにセシリオと俺くらいで。王子とはちょうど互角ぐらいだった。やっぱり自分より能力の高い男性がいいと思っていた彼女はほかの魔導師連中は見向きもしなかったわけで。 反面王子は、恋をする気持ちというモノが 全く分からないと言っていたのだ。それが答えだった。 普通の男として、肉体的に女性を求める欲求はあるけど、愛しいと思う気持ちが抱けないのだと。 ―ところが。 4年前のあの襲撃で王子は肉親亡くした悲しみに耐えられず、心を病んでしまった。その原因が自分自身にあると知って常に自分を責めていた。 時を同じくして、レオノラも両親を亡くして同じように気が滅入っていた。 俺は運よく、父は重傷でも一命を取り留めたのでそこまでにはならなかった。 もちろん親友でもある王子に気をかけていたが。 ・・・それよりも、国が壊滅状態で片目の光を失っても気丈に国を支えていた次期女王を護るのに俺は手一杯だったのかも しれない。気高いあの人を。 そう、あの二人は最悪な現実から少しでも目を逸らしたくなったのか寂しさと悲しみを和らげるように一線を越えたのだ。 しかし、一線を越えた後、王子はすぐに正気に戻った。(このことを知っているのはさっきまでは俺だけだった) 彼女を抱いた後、急に空しさが襲いかかってきたのだと。ある夜急に俺の部屋を訪れて、王子はそうため息をついた。 少し乱れた紺のローブから、女を抱いていた余韻が感じられてどちらかと言えば清涼な雰囲気のせいかあまり性的な連想をしにくい王子だったが、この時は違っていたのを覚えている。 「俺はもう、こういうレオノラとの関係は終わりにするつもりだ。罪悪感しかないんだ。自分は彼女の気持ちに応えられないのに。 でもレオノラが縋る様に俺を見て抱きしめるんだ。」 気怠さを残した口調で、彼はそう言ったのだ。王子は俺と違い、意外にデリケートなところもある。 俺なんぞ女に対してはドライなところもあり、快楽だけの割り切った関係は抵抗はないが、王子は俺よりもクールに見えてその辺は意外にそうでもない。 親愛の情はあるが愛してはいない女に頼まれても抱くなんて良心が痛んだのだろう。 いや、姉同様に大切な相手だからこそ不誠実なマネはできないと思った結果だ。 その後王子は今の自分はダメだと思い、単身半年旅に出た。 まだ見ぬ北の大陸へ。 亡き妹でもあり第2王女のレイラ姫が、導いてくれたと言っていた。そこで彼の中で何かが変わったのだろう。 何もかもいい意味で吹っ切れた王子が最初の旅立ちから半年後に帰還したのだ。 彼は完全にスフィーニの惨劇から立ち直り、 使命を果たすためにフィレーンと従者ゴードンと城を出たのが3年前だ。 旅立ちの前に王子はきっぱりと彼女に自分の気持ちを告げたのだ。初めてそれを聞いたのは、つい最近王子が仲間たちを連れて スフィーニに帰ってきたとき二人で久しぶりに話した時だったけど・・・。 俺は知っていた。王子が城を去ってから レオノラがひどく落ち込んでいたのを。それはただ去ったからではなく、決定的な何かを告げられたからだと。 まさかその決定打っていうのは、好きな女性が3年前にはもうすでにいたということなのだろうか・・・。 そしたら、彼は・・・その女性がステラであるのなら、王子はすでに昔にステラに出会っていたということなのか?               レオノラを探したが、研究所には戻っていないようだった。 西の塔は基本立ち入り禁止であったために さっきまでの出来事を知る人物は幸いにもいなかった。 あんなに泣いていたので誰にもその顔は見られたくないはずだ・・・。 彼女が行きそうな場所で考えられるのは、魔導師の控室・・・。 個室になっていて、一人で居易い場所だ。 その扉の前に立つと、扉の向こう側から人の気配がする。 レオノラなのか?そもそも…人なのか? 俺は妙な違和感を感じながらも扉を開けた。
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