碧翼~ぼくのたからもの~

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5. 耳雨はベッドに横たえた僕の身体を服の上から改めて強く抱きすくめた。胸の中が少しざわざわする。 「ましろが欲しい」 返事の代わりにぼくはブラウスのボタンを自分で外した。どきどきした。耳雨が布と肌の間に手を滑らせるようにして、ブラウスを剥いだ。そして肩口に頬ずりをした。 ぼくはロングスカートのファスナーを開いて足から抜いた。あとは下着だけだ。 「色気のないランジェリーでごめんね」 スポーツブラをたくしあげて上から外した。 すかさず胸を隠すと、 「可愛い」 と少し笑って、彼も薄手のセーターを脱いで上半身を晒した。ぼくは今まで男の人の身体をたくさん見たわけじゃないけど、彼はあまり筋肉がついていない、細い身体だと思った。 耳雨の身体に潰されて、耳雨の息の音と心臓の音だけがぼくの世界になった。 耳雨はぼくの顔じゅうにキスをくれる。耳たぶにも髪にも首筋にも。何かのしるしをつけるみたいに唇をおしつける。肩口に、手首に。ベッドにはりつけにされてるみたいだ。 脇に流れた胸の肉を手のひらで集めて形を確かめると 「きれいな胸だな。乳首が桜色だ」 と言った。 「胸だけはムダにあるの」 「ムダなんかじゃないよ。感度はどうかな」 少し力を込めて表面を撫でた。ぼくの息が自然と荒くなる。 「良好だな」  更に力を込めて両手でつかんでくる。左胸の乳首を舌先で刺激した。小さくあっと声が出た。自分でも聞いたことのない声だった。つい身を固くしてしまう。 「大丈夫。怖くない」耳雨の熱のこもった声が降ってくる。「リラックスして」 「でも、…つい体がひきつってしまうの」  声が怯えたような感じになってしまう。耳雨が優しくゆっくりキスをくれた。唇を合わせているうちに、二人の呼吸が揃ってくる。唇を離すと、耳雨はぼくの身体を胸の中にぎゅっと抱きしめた。何だか安心する。  背骨を指先で楽器を弾くようにはじき、思い返したように身体を裏返して肩甲骨を撫でた。 「ぼく、背中汚いでしょう?」  ストレスで長年かゆみに悩まされた。その掻き傷がひどいのだ。男の前で晒す時が来るなんて思わなかった。 「ひどいね。可哀想に。でも」  傷の痕ひとつひとつにくちづけているような気配。 「お前が生きてきた証だよ」  体中が熱くなる。耳雨、耳雨。 「全部引き受けてやる。お前のこと全部」  意味がよくわからないけど、とても頼もしいと思った。 「消える奴の言うことなんてって思ってるんだろ? 消えちまうからいいんだよ」 「そ…なのかな…」 「そ」 耳雨はぼくの身体中を指先でたどった。手のひらで優しく撫でまわした。体中に傷痕を見つけては労りのキスをくれた。 間もなく全身から熱が体の奥に集まり、ぼくは震えが止まらなくなった。 「耳雨、ジウ、」 「どうしてほしい?」 「もう、どうしていいかわからない。ぼくはどこへ行くの? どうなってしまうの?」 耳雨がデニムのファスナーを下ろす気配があった。 「痛むけど、少しの間だから耐えて」 裸足の脚が絡んでくる。ショーツも剥かれた。 「今からお前を俺のものにしてあげる」 ぼくの身体の芯がとろとろと溶け始めてる。助けて、耳雨。ぼくはこのままじゃ溶け落ちてしまう。  彼が、入ってくる。きしむような感じ。身体が裂けてしまう。 「痛ぁっ……」 シーツを掴んで耐えようとしたら、耳雨がぼくを強く抱きしめた。 「肩にしがみついて堪えて」 ぼくは急いで耳雨の肩に腕を回した。 耳雨がゆっくり進んでくる。ぼくの中心に収まる。 「息、吐いて」 ぼくは耳雨に言われてゆっくり深呼吸した。 「大丈夫か?」 まだ身体の奥に、疼くような痛みが残っているが、何だか始めからこの人と繋がっていたような気がする。  それを告げると 「そうだよ。始めからこうなることになってたんだ、たぶん俺たち」 そう言って彼も息をゆっくりと吐く。 「動かすよ」 ぼくを強く抱いたまま、身体を揺すぶり始める。 「わ…」  こんな感覚は初めてだった。身体の中、芯の方が熱くなってくる。自分の上にいる男の人との境界がどこにあるかわからなくなる。 「…は…耳雨…溶け合ってるみたい、ぼくたち」 「いいね。いい反応だ」 耳雨の息も荒くなっている。 「も…俺も、余裕無くなってきた」  自分のすすり泣くようなわななきが、自分の声とは別の音のように感じる。  二人の激しい息遣いが絡み合って、空(くう)を満たしている。もう何も言葉にならなかった。 「う…」  耳雨の動きが止まった。身体の奥にぬるいものが広がっていく感覚がある。 ばさっと汗に湿った身体がぼくの上に落ちてきた。 「耳雨…?」 ぼくは耳雨の頬に手を当てた。 「大…丈夫?」 「大丈夫?って」 耳雨はぼくの手を大きな手で包み、驚いたように言う。 「…俺より余裕でいやがる」  もう片方の手でぼくの頭を撫でながら。 「こっちが聞きたいよ。大丈夫か? ましろ。まだ痛いだろ?」 「少し。でも平気、何とか」  本当はまだ結構痛みが残っていた。でも耐えられる。 「いきかけたとこで終わっちゃったな。ごめん。俺、相手がお前だと余裕無くすみたいだ」 「あれ、まだいったって言わないの?」 「多分」  そう言ってはーっとため息をついた。 「初めてなんだからもっと丁寧にしてあげたかった」 「充分だと思うけど」  あんな風に肌が触れあい擦れ合う感触は、かつて味わったことのない快感だったと思う。あれでもまだいってないというなら、本当にいってしまったらどうなってしまうのだろう。 「…やばい」  耳雨が独り言のように呟く。 「夢中で避妊、忘れてた」 「えーっ? 赤ちゃん出来たら、どうしよう」 さすがに今の自分にシングルマザーは無理だろう。 「その時は責任取ってくれる?」 「うーーーん」  考え込む耳雨。正直な人。 「パパは耳雨がいいよ。だから、ずっと消えないで」 「…ごめん。俺にはそんな資格がない。だから、責任持ってユキに託す」 「バカ」 ぼくはポカポカ耳雨の胸を両手で殴り、諦めて思いきるように言った。 「もういいよ、そんな時は堕ろすから」 涙が滲んでくる。 「ごめん」 とうつむいて呟く。 「もしそうなったら必ず連絡しろ。着いていくから」 とても真剣な顔で言う。 「本当にごめん。今度から忘れずに避妊するからな。お前が余計な心配しなくて済むように」 「うん」  自分も、そういったことを考えずに…いや、セックスを許すということはそういう危険性が必ずついて回ることなのだと想定しなかったことを、安直だったと反省する。耳雨は、安易に産んでいいと言わない分、きっと心から反省しているのだ。 「反省してくれるのは嬉しいけど、後悔はしないでね」 「わかった」 「でも、本当は」 ぼくは、口にすることを少し躊躇ったけど、言った。 「本当は、耳雨がこの世にいた証として、残してあげたいかも…って、少しだけ思う」 「…ありがとう、ましろ」  彼が、ぎゅうっと強く強くぼくを抱きしめる。その腕の強さに嘘は微塵も感じ取れない。  存在がいつか消えてしまう宿命、自分が常にそういう状況にいるって、そんな日々を生きているって、どんな感じなんだろう。  だからといって無闇に他人と関わるなというのはあまりに酷な話だ。  ぼくはぼくを欲してくれた耳雨と、出来る限りちゃんと関わろうと思う。どれだけのことが出来るかわからないけれど。  ぼくを固く抱いてくれる耳雨の身体を、ぼくはその力強さに応えるように抱きしめ返した。
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