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横たわった化け狸は、赤鬼の姿をした吉助に一瞬訝し気な視線を向けたものの、動くこともかなわないらしく、そのまま吉助をにらみ続けた。
(ああ、僕がどうにかして村に襲撃の話を伝えていればこんなことには……)
どうしようもない後悔が吉助の胸中で渦巻き、そして吉助は―――自分の本能に従って近くにいた緑鬼を殴り飛ばした。
少し離れた場所にいた緑鬼が、信じられないものを見た、という表情で立ち尽くす。
もちろん、状況をしっかり考慮すれば、吉助一人が立ち上がる程度では何も変わらないことは明白だった。
しかし、それがきっかけとなったのか、はたまた初めから何かの機会を待ち続けていたのか、突如瓦礫と化した小屋のその下から一匹の緑鬼が飛び出し、すぐそばにいた緑鬼にタックルをかました。
それから、集団催眠でも起きたのかという疑いを持たずにはいられない、緑鬼同士の殴り合い、蹴りあいという混戦状態が生じ始めた。
もちろん吉助も黙って見ているわけではなく、怒り狂う緑鬼に殴られながらも、彼らを打ちのめしていった。
そうして、気づけば、緑鬼同士の戦いは終止符が打たれ、そして……『化け狸たちを取り囲む』緑鬼は全員地に伏した。
「いやはや、ギリギリの戦いだったわい」
「そうじゃなあ。これほど動いたのは久しぶりのことじゃよ」
立ち続けていた緑鬼が、一匹、また一匹と光を発しながら、元の姿……狸へと戻っていく。
その光景を、吉助はぼうっと眺めた。
「さて、おぬしら、いつまでそうしておるつもりじゃ」
人期は異彩を放つ、白髪、白髭の化け狸が、倒れている緑鬼たちに声をかける。
ギリリという歯ぎしりの音がしたかと思うと、光に包まれた広場には、すぐにけがを負ったたくさんの化け狐の姿が現れた。
「空吉、どうして……」
化け狐たちの中でも一際体の大きな者が、痛む体に鞭打って何とか起き上がりながらそうぼやいた。
「なに、おぬしたちの行動は筒抜けだったからの。それにどうせならと思って一つ意匠を凝らしたわけよ。いつ後ろから襲われるかとおびえるお前たちの姿はよかったぞい。これぞ負け狐だとのぉ」
ほっほっほ、と高笑いする空吉とは対照的に、しばらく眉をひそめて考え込んでいたその化け狐は、はっと何かに気づいたようで、勢いよく首を赤鬼――吉助の方へ向けた。
「そうか、そういうことか」
「ようやく分かったようじゃのぉ。ほれ、吉助、いつまでもそうしておらずに、元の姿に戻りなさい」
何が何だか話にまったくついていけていなかった吉助は、しかしながら言われるまま変化の術を解除する。
光が静まった後、シン、と虫の鳴き声一つしない静寂が訪れた。
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