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「反対されても、虐められても、それでも高校に毎日通ってるのって、どうして?」
たった一年間しか通えない場所に、わざわざ親の反対を突っぱねてでも行こうと思ったのは、彼女が唯一、諦めずにしがみついていることだった。
「みんなが行くから? そんな単純な理由?」
ヒカルが桃子の未来を、少しだけ明るいものにするためには、突破口が必要だった。それが、彼女の行きたがった高校についての言及に至った。ヒカルの知る限り、唯一の父親への反抗だった。
「桃子」
「……この制服が、着たかったの。お母様も、同じ学校に通ってたから」
声を振り絞った桃子は、鞄から生徒手帳を取り出した。間に挟んであった写真を取り出す。
「お母さん?」
桃子と同じセーラー服を着た少女は、彼女よりもやや勝気そうな笑顔を浮かべ、背筋をピンと伸ばして立っている。隣の立て看板から、入学式の日に撮影されたものだということがわかる。
「お母様も、一年しか学校に通えなかったの。お父様と結婚することになっていたし、それにすぐに私が生まれたから。でも」
桃子は母の写真を見て、誇らしげに胸を張った。
「お母様は、絶対にまた、学校に通うんだって言ってた。高校じゃなくて、大学でもいいって、勉強してた。人間には学ぶ権利があるんだって、そのときはまだ、小さすぎて私、わからなかったけど」
今ならわかるよ、と桃子は微笑んだ。
「虐められるかもしれないってことは、わかってた。それでも私、お母様と同じように高校で学びたかったの。やりたいと思ったことを、やり通す。お母様の娘だもん。私にだってできるって、信じてたの!」
塾に通うこともできず、家事は勿論のこと、集会の手伝いをさせられた。限りある時間を使って必死に勉強して、合格を勝ち取った桃子は、努力をすることを知った。勉強ができる喜びを、母を通じて知ってもいたので、友人のいない今でも、高校を休もうと思ったことはないのだ。
「じゃあ、これも、やりたいことだろ?」
ヒカルは笑って、雑誌を示した。桃子は表紙を飾る少女とにらめっこをしたかと思うと、神妙な顔で頷き、笑顔を見せた。決意を固めた桃子の表情は、晴れやかで、彼女を一番魅力的に見せる。
「でも、お父様になんて言い訳すればいいのかな。それに、こういうお店の店員さんって、みんなお洒落なんでしょ? 私なんかが行ってもいい?」
母の死後、私服は信者の女性が寄進したものを身に着けていた。ただ、熱心な信者となると年配の人間がメインで、桃子が着たいと思うような、華やかな色や柄、洗練されたスタイルというわけにはいかない。
地味な色にあか抜けない格好は、テンションが上がらないだろうし、近所を歩くことも憚られる。
「制服でいいんじゃない? 買った服を着て歩けばいいし」
「大丈夫かな」
「大丈夫大丈夫。制服着てくんだったら、親への言い訳も成り立つし」
ヒカルと桃子は、あれこれと相談し、計画を立てた。エリーに邪魔されてはかなわない。ヒカルはメモを取り出して、桃子の言い訳を一緒に考えた。言い訳のセリフをすべてメモした後ろに、待ち合わせ時間と場所を記入した。
「はい。これでOK。駄目そうだったらまた明日、相談しよう」
「うん。私、頑張るね!」
彼女の明るい笑顔に、自分も頑張ろうと、ヒカルは鞄の肩紐をぎゅっと握った。
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