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 タオルの海の中に転がっていたウサギには、外の音は拾いにくかったようだ。ヒカルが桃子と何かを話していることは集音マイクが拾っていたが、中身までは気づいていなかった。  桃子の方よりも、自分の問題の方が厄介だ。  桃子と一緒に出掛けることが、捜査の一環であることは忘れてはならないし、忘れるつもりはない。でも、エリーはヒカルが彼女と出かけることを知れば、止めるだろう。弁の立つ彼と戦って、ヒカルは勝てる気がしない。  だから、最初から逃げる。黒田からの報告を受け、何事かを無心に考えているエリーに、ヒカルは提案する。 「なあ、エリー」 「なんだ」  無視することだってできるのに、エリーはいつだって、ヒカルの呼びかけに応える。どんなにヒカルが馬鹿な質問をしても、呆れはするが、必ず答えをくれる。「自分で考えろ」という無慈悲なものであることも多いが、ヒントはくれる。 「次の土曜日とか、黒田さんと一緒に、教団本部に行ってみたら?」  軽い思いつきで言ってみた、という風を装った。考えなしの思いつきでの発言は、いつものことだ。あれこれ考えて言いました、よりもよほど、ヒカルの目的は露見しにくいだろう。  ちゃぶ台に乗った可愛らしいウサギが、首を傾げたように見えた。無論、本当に動くわけがなく、ヒカルが肘をついた表紙に揺れただけだった。 「土日は俺、あの子に会えないし、報告書作ったりの事務作業ばっかりになるだろ。その間、エリーはやることもないし。どうせ鞄の中に入ってるだけだろうけどさ」  どうだろうか。あまり言い募っても、怪しまれる。いざとなったら忘れたフリででかけるつもりでいるが、できればそれは避けたい。帰宅したときに、チクチク嫌味を言われるのは嫌だ。 「僕はいい案だと思うよ。エリーに見てもらった方が、今後の対策も立てやすいと思うし」  予想外に、黒田からの援護射撃があった。乗っかりたい気持ちはあったが、ここは慎重に対応しなければならない。 「見てもらうって、黒田さん。さすがにウサギのぬいぐるみを持っての集会参加は無理があるんじゃないっすか?」 「うーん。姪っ子のプレゼントだって言って、透明なラッピングをすれば平気じゃないかな。そのくらいなら、音も拾えるだろうし」 「なるほどー。初めてこのファンシーな見た目が役立つときが来たんすね」  ヒカルはウサギの柔らかな頬をつんつんと指で突いた。 「どうだろう。エリー?」  真っ黒な瞳は、思慮深い光を湛えてつやつやしている。エリーは熟考した結果、「わかった。やってみよう」と言った。  内心でガッツポーズを取るが、にやにやしそうになる唇を叱咤して、キリリと引き締めた。最後の最後で怪しまれて、露見するのは避けたい。 「膠着状態だからな。集会に参加しているピース・ゼロと思しき人間が見つかれば、現状を打破するきっかけになるだろう」  エリーはヒカルの提案に前向きだった。自分の都合だけで発言したので、ヒカルは少しだけ、心苦しかった。 「その日はヒカルがフリーになるわけだが……勝手な行動は慎めよ」 「わかってるよ」  唇を尖らせて、ヒカルは間髪入れずに、嘘をついた。
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