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 未来からやってきたヒカルも、桃子同様に、女性ファッションを扱う店に詳しくはない。黒田の家でテレビを見て、隙を見ては本屋でファッション誌を立ち読みして、予習はしたが、不安は拭えない。  買い物は、女子がメインのイベントだ。疎いとはいっても、桃子にはきっと、希望のショップがあるだろう。  駅に着いたヒカルは、桃子に「どこに行きたい?」と尋ねた。桃子は学生鞄の中から、雑誌を取り出した。研究熱心なことに、桃子は付箋をたくさん貼っていた。 「原宿!」  行ったことはあるのかと問うと、彼女は首を横に振った。 「初めて。でも、すっごくキラキラした場所だっていうのは、知ってる!」  桃子のような学生から、流行に敏感な個性的な姿の業界人、ロリータファッションに身を包む、ヒカルにとっては異世界の人間のような存在まで、さまざまな人間を内包する街、原宿。そこに桃子は夢を抱く。  最初で最後の思い出になんか、させない。ヒカルは決意していた。原宿で、楽しい思い出を作ることで、桃子が「また来たい」「自分も自由になりたい」と、そう思うきっかけにならなければならない。  彼女の人生の中で、電車に乗って遊びにでかけるという経験は、あまりなかった。学校への通学くらいでしか乗らないので、わずかな時間しか乗車しない。  揺られる車窓を眺めて、桃子の目は期待の光を湛えていた。ヒカルは黙って、彼女を見守った。  電車を乗り継ぎ、原宿に辿り着くと、桃子は迷うことなく歩き始めた。人出が多い土曜の街中だが、彼女はすいすいと地図もなしに歩く。ヒカルは危うく置いて行かれるところだったが、そこは一応、警察官の訓練を受けている。見失うはずもない。 「ずいぶん慣れてるみたいだけど」  ヒカルが言うと、桃子は自分がいかに速足になっていたかを自覚して、減速した。照れ笑いを浮かべながら、 「ずっと、想像してたから。この道だって、何度も何度も、歩いたの」  空想の中でしか、訪れることを許されなかった憧れの街を、桃子は今、現実に歩いている。竹下通りの雑然とした、カラフルな風景にも、暗い色の制服を着た彼女は、しっくりとなじんでいた。 (まぶしいなあ)  ヒカルは目を細めて、桃子を見つめた。全身で、この場所が好きだと表現する桃子から、エネルギーが立ち上って見える。 「まずは、どこ行く?」 「えっとね」  桃子の手から鞄を取り上げて、ヒカルは彼女と手を繋いだ。桃子はもう、驚いたりしなかった。
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