カップ麺

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

カップ麺

 カップラーメンを作る。口で言うのは簡単だが、実際にやるとなるとこれがまた難しい。  だいたいカップラーメンとは何だ。これはカップ麺ではあるが、より正確に言えばラーメンではない。これはカップと言うにはあまりにも軟弱な器であるし、そもそもにおいてラーメンではなくカップ焼きそばである。塩焼きそばって美味いよね、マジで。あのあっさりとした味が日本人の舌に合う。ソースとか邪道もいいとこなんだよなぁ。  適当に沸かしたお湯をぶち込み、キッチンタイマーを3分にセットする。この3分と言うのがまた曲者で、長くもなく短くもない、正しく帯にも襷にもならない長さなのだ。ウルトラマンこんな時間で何できんの?変身バンク流してる間に終わってるだろ。 「……あ」  しまった。湯を注いで数秒、自身の重大な過ちがとてつもない重みを持って目の前に現れる。ウルトラマン云々とどうでもいいことを考えているうちに、事実は決定的に手遅れなところまで進んでいた。  マヨネーズ、かやく、そして青海苔。カップ麺を彩るはずだった即席調味料たちは今、その悉くが熱湯の海にその身を揺蕩わせている。言うまでもなく、取り出すのを忘れた私自身のミスだ。90度とか熱湯風呂ってレベルじゃないなもう。フロア熱狂、というよりフロア沸騰である。  なんならフロアですらなくただの風呂だ。風呂が沸騰、語感としては面白いがその実ただの地獄である。ボケた老人が茹で蛸になって発見されそうだ。 「熱っつ」  そうこうしているうちに経っていた3分という時間を、用済みの熱湯とともにシンクに流し捨てる。熱湯の洗礼に耐えられないのか、シンクがべコン、という音を立てて大きく凹んだ。聞いた話だと、最近のシンクではこうもならないらしい。カップ麺でジェネレーションギャップを感じることになるとは思わなかった。 「ヤバいヤバいかやく落ちそう」  いやそんなこと言ってる場合じゃない。熱湯諸共に落ちそうになっていた調味料類を、慌てるあまり素手で掴み取る。なにこれクッソ熱いんですけど。こんなことしたの誰?普通に考えて拷問じゃないこれ?  熱々の火薬が鉄の上に落ちるとか、実質バルカン半島ではなかろうか。うちのキッチンマジ世界の火薬庫。 「あ~……割り箸割ってないじゃん」  調味料をひとしきり麺の上にぶちまけてかき混ぜたあと、またしても自分が犯した間違いに歯噛みする。マヨネーズまみれになった割り箸も、割られていなければその実ただの棒だ。このままぐるぐると巻いて塩パスタとして食べるか、それとも恥を忍んでパキリと割るか、なかなかに評価が別れるところである。  さあ、どうする。取れる動作は二つにひとつだ。誇りを取るか、利便性を取るか、私は今究極の選択の縁に立たされている。 「ほい」  まあ割るよね普通。食べにくいし。  なんの感慨もなく割り箸をペキリと割り、恥も外聞も捨て去ってぐちゃぐちゃと更に混ぜる。誇りなんぞ知ったことか。私はただカップ麺が食いたいのである。  さて。随分と前置きが長くなってしまった。  それでは。 「いただきます」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!