第10話

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物淋しげに外した亜紀の視線が、再び景色へと映し出された遠い記憶へと流れゆく。 確信を突いたその言葉に、亜紀は何一つ言葉を返さなかった。 瑠依には分かっていたのだ。 この家に住みついた悲しい思い出の持ち主が、亜紀の人生を変えた、あの少女の両親のものだという事を‥‥。 植物状態のままに3カ月、亡くなる寸前まで病院へと通い続けた亜紀が、一体彼女から何を受け取ったのか。 もしかしたら、瑠依と同じように、彼女という鏡を通して、亜紀は自分自身を知ったのかもしれない。 ≪‥‥彼の事を信じなさい。亜紀はあなたのすぐ側にいるわ。彼があなたの事を守り抜くと信じなさい‥‥。≫ 美沙を暗黒の闇から救い出そうとして、一瞬あきらめかけていた瑠依の耳元へと届いた謎の声。 その声の持ち主が、今の瑠依には、はっきりと見えていた。 一時、触れ合った亜紀のぬくもりから、遠い彼の過去の記憶とも思える女性の声が伝わっていたからだ。 <私は、あなたを映し出す鏡‥‥。だから、あなたは私の声を聞きたいと望んだ。> 彼もまた、その言葉を受けとめた一人なのだろう。 一向に見返そうとはしない亜紀を残し、瑠依は黙って背を向けた。 例え一瞬とはいえ、俺を信じろと言い切った彼の思いに答えられなかった自分が、今はそこにいる事を激しく拒んでいる。 『わかってた‥‥。この家に入った瞬間から、あなたの存在が漂い続けている事は‥‥。だから、勢い余って彼の本心を探ろうとした。そして、心の声を聞こうとした。』 立ち去ろうとしていた瑠依の足が、わずかに流れゆく気配に気づいて止まる。 振り返った視線が、テラスに佇む亜紀の後ろ姿を見つめている。 『いまだ彼の思い出の中に生き続けてる、あなたの存在に‥‥私は負けたくなかった。』 見定めた亜紀の隣に浮かび上がる、一人の少女の姿。 『そう、この先も彼と共にいたいと望んでいる自分の気持ちに気づいてしまったから‥‥。そして、自分の居場所を彼の中に見つけたいと望んでいる自分に気づいてしまったから……。』 色白で純白とも思える魂の輝き‥‥。 幻のごとく、亜紀の傍らで、16才というには、あまりにも大人びた少女の瞳が無言のままに見開かれてゆく。 『私は彼を‥‥、亜紀を‥‥本気で愛してしまったのかもしれない。』 唯一取り残されていたのは、そんな、瑠依の切ない思い。
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