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「奥田さん、名前呼ばれましたよ!」
僕の左肩をぽんぽんと叩いたのは立石だった。突然のことで左肩はビクッと痙攣する。
「ふぇ?」
普段出さないような僕の奇妙な声に、一瞬の間を置いてから、みなが一斉に笑い出した。
「四区はお前だからな。大丈夫かあ?」
先生はにやにやしながら目を細めて言った。
「あ、はい。大丈夫です」
よくわからなかったが、とりあえずそう答えて今は絡んだ靴紐を直すことに専念したい。先生の話が終わると、立石はすぐに僕の方を向いた。めずらしく神妙な面持ちをしている。
「奥田さん、うれしいです……俺五区ですよ!奥田さんから襷(たすき)をもらうんです」
一応、気を使って岡には聞こえないよう抑えぎみにしゃべっているようだったが、興奮はそのまま伝わってきた。
「そうなの?いや、そんなことより靴紐が……」
靴紐はまだ直らない。
「先生の話聞いてなかったんですか?」
「うん、靴の紐が絡まって取れなくてさ。どういう順番になった?」
「一区から順番に、田無さん、向井さん、安倍川さん、奥田さん、俺、原田さんです」
田無と原田と僕は三年、向井と安倍川は二年、立石は一年。やっぱり三年生が多い気がしたが、選ばれたからにはベストを尽くさなければいけない。これが正真正銘最後の試合になるかもしれない、最後の試合になるだろう大会なのだから。
「奥田さん……靴紐簡単にほどけましたよ!」
なかなか靴紐をほどくことができない僕に代わり、目の前にしゃがみ込んでいた立石は、ニカッと勝ち誇ったようなうれしそうな顔をした。靴紐をほどくという何でもない作業をやってのけただけの表情にしては大げさだが、僕にほどけなかった靴紐をいとも簡単にほどいてしまった彼にとやかく言う権利はない。
最後の戦いへの決意をみなが固めていたそのとき、いつの間にかしゃがんで靴紐の奇妙な絡みを直してくれた立石。ほんと立石にはかなわない。
「お前は俺の奥さんか」
「いやいや俺、器用なんですよ。こういうのは任せて下さい」
「……どーせ俺は不器用だよ」
僕は負けられないと思った。何だかわからないけど、器用でイケメンで足も速くてサッカー部で……絶対サッカーも上手いはずだ、こういうやつは。
絶対~はずだ、は文法的にはおかしいのかもしれないけれど、絶対上手いはずなんだ、こういうやつは。見てないけどわかる。世の中はそういう風にできている。嫉妬心からと思われても、というか嫉妬心だらけだけれど、理由は何であろうと関係ない。
立石にも他校のチームにも、自分自身にも負けられない。ここで負ければ今後の人生もずっと負け続ける気がする。どうしても負けられない。僕は負けない。
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