試合

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 その点僕の場合、余力を残しているつもりなのに最近はいつもスパートが上手くいかない。思った以上に早く力尽きてしまうのだが、それはやはり呼吸に起因しているのではないかと考えられる。  呼吸がもたないのだ。喘息の発作が起きたわけでもないのに、少し似たような息苦しさを感じてしまい、どうにも最後まで続かない。特に調子がよかった一年生のときはそんなこと考えもしなかったが、喘息の発作が再発してからは、何でもないときでさえ息苦しさを覚えるときがある。  それがラストスパートのときだ。通常の何倍も何十倍も呼吸がもたない。今までこんなことはなかったのに呼吸のリズムが突然崩れ出して、それまで平気だったはずの膝への負担が急激に増えて格段と足が重くなり、視界も一気に狭くなる。目の前の景色が海水用ゴーグルを着けているみたいに楕円に切り取られ、それより外は灰色に、もしくは全く見えなくなるのだ。  それから一気にペースが落ちる。最後の最後のスパートをかけなければいけないときにはすでに、何の力も残ってはいない。  僕の可能性はこの楕円くらいにしか存在しないのかもしれない。呼吸が続かなくなるといつもこんなことを思ってしまう。そしてこんなことを考える時点で自分の可能性を狭めているんじゃないかと自分に喝を入れる。しかし、気合いを入れたところで呼吸が最後まで続くわけではない。こういった無駄な一連をいつも繰り返し繰り返し行っている。楕円は無限なのかもしれない。楕円の閉ざされた空間の中に僕はいつも無限を探している。  安倍川のペースはスピードを上げたまま維持され、僕に襷が渡る直前に前を走る選手を抜き去り七位になった。安倍川は苦しみの中にもどこか満足そうな顔で襷を強く握った手を伸ばしてきた。僕はいつもと同じように彼の目の奥を見て、よくやった、とそれを受け取る。僕の気持ちが届いているかどうかはわからないがそうやらないと気が済まない。その襷は彼がいなければ僕に渡ることはなかったのだから。  勢いよく飛び出して最初の風の抵抗を受けた。緊張の汗を冷やし、心地よいはずの風は何だか邪魔なものに思えた。焦ってはいけない。自分のペースで、丁寧な走りを見せるんだ。そして深くて素直な呼吸をすればきっといつも通りの結果がついていくる。  安倍川が差をつけてくれていたのも虚しく、すぐに後続者がおり十位前後までは団子状態が戻っていた。その群れから遅れないよう必死でみなについて行く。ペースは思ったほど速くない。このペースではチームを勝利へと導く走りにはなれない。すぐに若干のペースアップを試みて残り半分のところでは、後ろとはだいぶ離れた七位を走っていた。前とは離されないように喰らいついてはいたが、距離は徐々に離されているので、どうやら前を走る彼のタイムは僕よりずっと速いようだ。  これは非常にまずい。順位を上げられそうにない。正直、今のペースを速くすることは無謀である、というか不可能に近いことはわかっていた。スパートの力も温存しておかなければならないし、これ以上ペースアップをすれば呼吸がもたないかもしれない。  だからといって決して希望を失ったわけではなく、前の選手だって疲れたり怪我をしたりする可能性はある。だから自分のできるペース配分で、自分の最大限の力を出しきることに専念する。それが誰にもできる最善策であるが、自分の力を知らなければその最善策も生きてはこない。
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