試合

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 しかしそのときは突然、何の前触れもなくやってきた。僕が最も恐れていたこと……全身に悪寒が走り、体に存在するありとあらゆる穴が塞がれたようなこの感覚はまずい。まだ残り半分一・五キロほど残っているのにこの状況は非常にまずい。非常に、まずい。ハァッ…………ハァッ……!  いつものようにすぐに息ができなくなった。走っている最中には何が何でも避けたかったこと、それはすっかり忘れたようなころにやってくる。世の中とはそういうものだ。理不尽なものだ。弱い者に優しい生活なんか待ってはいない。それは理想論。運命は変えられない。強い者にも弱い者にも関係なく不運は振りかかる。  鼻から息が漏れた。弱い者、僕の口からそんな言葉が出てきたことに嫌気が差した。何が弱い者だ。弱いのは自分だろ。久しぶりに喘息の発作が出て世の中を呪いたい気分になった。何で今このとき僕に発作が起きてしまうのか、なぜ今なのか。なぜ走った後ではなくて今なのか。  苦しい、苦しい。落ち着け。苦しいのはみんな同じだ。落ち着くんだ。発作は慣れてる。落ち着け。とりあえず落ち着いて呼吸を取り戻すんだ。  そう思ってもすぐにもう一人の自分が否定する。苦しいのがみんな同じ?本当にみんな同じか?ここまで息ができないことが?それが普通のことか?おかしくないか?みんな走りながら息ができないのか?喘息の発作が起きて息ができないのか?そんなバカな。喘息ランナーが一体この中に何人いる?何人いるんだ?今、このとき喘息の発作で苦しんでるやつが何人いる?  僕には一人もいないことがわかっていた。見ればわかる。だけど必死でその気持ちを抑えこむ。わかったところで何にもならない。発作が収まるわけでも、タイムが伸びるわけでもない。考えるだけ無駄な時間で無意味で、自分の弱さを噛みしめるくだらない空間が浮き上がるだけ。    無駄な自問自答は心の迷いの象徴だ。この迷いのせいで、コンマ一秒、コンマゼロ一秒と遅くなっていく。わかっているのに心に迷いが出るのは、精神力が弱いせいだと思う。精神から鍛えていたつもりなのにやっぱり動揺してしまうものなのだ。僕はバカだ。バカだ。本当にバカだ。
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