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 スマートフォンの画面に映し出されたその人物の走る姿は、上下左右の肩の揺れやぶれが少なく、ストライドもピッチも安定しており無駄がない理想的なものに見えた。  呼吸も目立って苦しそうな場面は見受けられず、風を切って走るというよりも風のすき間を縫うように滑らかで、その前にある閉ざされた扉に吸い込まれるように入っていく様子が、誰からも愛されもてはやされるだろうその後の人生までも暗示させていた。  しかし実際は、開くことのない閉ざされた扉にぶち当たるハメになるのだが、それでもきっと胸の中のウィンカーは右でも左でもなく真っすぐその扉に向っていたのだと思う。  画面に映し出されたほんの数十秒、柔らかい風に当たっただけで体の表面がとろけるような軽やかな走り、それなのに決して崩れることはなく確実に前に進む足の力強さと踏ん張り。足の裏が地面を目一杯踏みしめる度に汗が花火のように飛び散り舞い踊る。  もう二度とこんな走りはできないと思った。鮮明に心に焼きつき頭から片時も離れない彼は、まだあどけない顔をした二年前の僕だった。チョコレートが溶けたみたいに甘い顔をして、皮がつるんと剥けたゆで卵みたいに白いピカピカな僕の顔。まだ何も知らない、怖いもの知らずな、無敵な僕の顔。
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