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「紘一もそうだし、奏さんも、梓さんも……いろいろ思うところがあるのでしょうけど、親というものはやっぱり自分の子が大事なのよ。身勝手なことをぶつけてしまうときだってあるのだけど……それでも知っておきたいものなの。子どもが大人になってもやっぱりどんなことだって知りたいの。特に母親は」
息子を亡くした女性が何を言いたいのかを察して思わず背筋が伸びた。いなくなってから知ったことで後悔だってあったのだろう。
身勝手なことをぶつけてしまうかもしれない。恋人が同性なのだと、もし先に知っていたとしたら笑って受け入れることはできなかったかも知れない。それでもやっぱり知りたかったのだ。
軽々しく頷くことはできなかったが、それでもその言葉は心に深く沈みこんだ。久しく帰っていない生家が思わず脳裏を過った。
短い辞去のあいさつと共に深く頭を垂れて改札を通り抜ける。ホームから振り返ると女性が笑顔で手を振って帰っていくのが見えた。
十六時四十八分発の特急。
小さく踏切の鳴る音が聞こえ、鮮やかなグリーンのボディがホームに滑り込んできた。
休日の自由席だというのにほとんど人は乗っていない。
いつの間にか無言のままで奏の手を握っていた。
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