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「俺なんかでいいの?」
奏の話ならなんだって聞きたいのだけれど、ほとんど初対面に近い状態で聞いてもいいものなのかどうか、さすがに戸惑いを隠せない。
「というか、迷惑な話なんだけどね……」
ごめん、と頭を下げる奏に慌ててそんなことはないとなだめた。
もしかして。
「月曜日に写真を撮ってること?」
遠慮からなのか中々口を開かない奏に、敢えてこちらから振ってみた。案の定、奏がどこかホッとしたかのように口を開く。
「電車を見たのが最期だったんだ。あの時間に通過するからって聞いてて、会えるわけじゃないのにあそこから電車を見送って……帰ってこなかったんだよ」
ぽつぽつと呟く奏の話は要領を得なかったが、その相手が大切な人だったことくらいは察することができる。通過する特急を見つめる眼差しの意味が分かってしまった。
自分にとっては酷な状況。それでも聞かずにはいられない。
「もしかして恋人だった?」
奏が頷く。予想通りだけど、胸が少し痛んだ。
「仕事で北海道に行くって言ってね。下見も兼ねて寝台特急で。そしたら現地で事故に遭ったって……」
奏が俯き加減にストローに口をつけた。鮮やかなグリーンの液体が少し減る。
「不慮の事故ってね、身内以外にはなかなか連絡なんて来ないんだよ。連絡がつかなくて心配してて。俺が知ったときにはもうお葬式も終わってたんだから」
離れて暮らしているのなら家族といえども、故人がどのような付き合いがあったかなんて知らないことだって多いのだろうと思う。
「もうね、一年以上経つんだ。今年になってから、唯一の共通の知人が「形見に」なんていってカメラを届けてくれたんだけど……それで、逆に諦めがつかなくなってしまって」
「あのカメラ……?」
奏が頷き「仏壇に手も合わせられてない」そう言って悲しそうに笑った。ああ、家族には言っていない、言えない関係だったのかな。
そして周囲にもほとんど知られていないような関係。理由はいろいろあるのだろうけど、梓だって恭介と付き合っていることをほとんど周りには言っていなかった。同じ立場になったとしたらきっと一人で抱え込むことになるのだろうと想像できる。
だから唐突に親しくもない自分に聞いてくれと頼んだんだろう。奏の中だけで抱え込むことに限界がきていたのだ。
「奏、泣いてないでしょ?」
なぜだか分からないけどそう思った。奏が驚いたように目を見張る。
当たり。
「哀しむタイミングを逃しちゃったのかもね。薄情なことにちっとも泣けないんだ」
自嘲気味に呟く奏に胸が痛んだ。
「泣いたらきっと楽になるよ。俺さ、こんなこと言うと怒られるかも知れないけど、ちょっとだけ分かる。今はフリーなんだけど、俺にも周りには言えない関係の恋人がいてさ……自分に置き換えたらやっぱり想像してしまった」
「梓はそんな付き合いをしそうなタイプには見えない」
少しだけ笑った奏にホッとする。どんなことを想像しているのだろう。不倫でもしてたと思われたのだろうか。
「……でも、俺はそんな付き合いしかできないんだ」
自分で言っておいて苦しくなった。今まではそんなこと考えもしなかったのに。一般的に祝福されることのない関係しか選べない自分も、覚悟をしておかないといけないのだと実感する。
奏が不思議そうに俺を見ていた。
「梓、フリーって言った?」
思わぬ部分の言葉を拾われて返事に詰まってしまう。
「半年前に別れたから」
特に隠すところでもなく、奏の真意がいまいち分からないながらも答えた。自分はさぞかし怪訝な顔をしていたのだろう。そんな梓を困ったように見た奏は、しばらく考えるように虚空に視線を泳がせ、やがてゆっくりと口を開いた。
「あのさ……この後、ウチ来ない……?」
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