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 いつもの踏切から府道を越えて坂道を少し上る。住宅街を縫うように通る細い路地を突き当りまで進んだ。  奏の家は予想とは大きく外れて、築年数の経った小さな平屋建てだった。  奏に先導され、今時珍しい引き戸の玄関を中に入った。真っ暗な玄関で奏が手探りに明かりをつける。  奏の誘いをなんとなく察したものの、まさかと言う思いが拭えず思い悩んでしまう。  廊下を少し行くと左手の襖を入り、そこはどうやら居間のような場所になっているらしかった。布団を剥がれたコタツが中央に置かれ、ノートパソコンと何冊もの本が雑然と乗せられている。 「梓、ビール飲む?」  居間から続くキッチンへと向かった奏から声が掛けられた。アルコールを勧められたことで更に邪推を深めてしまう。  答えに詰まって無言でいると、奏が缶ビールを二本手に持って戻ってきた。コタツの上に散らばる本を雑に端へと積み上げパソコンの蓋を閉める。「はい」と渡されたビールをついつい受け取ってプルタブを引き上げた。  向かい合わせに座った奏もまた、自分のビールを開け勢いよく煽った。さっきクリームソーダを飲んでいたときとは打って変わった艶かしさにどきりとする。 「梓、どうかした?」  問いかける奏の口調がどこかわざとらしく聞こえたのは気のせいだろうか。奏は俯き加減に細い銀フレームのメガネを外して横に置いた。 「なんていうか……奏の真意を計ってる」  あれこれ駆け引きをするのは得意ではない。口を突いて出た本音に奏が目を丸くした。 「直球だね」  奏が苦笑いで首を竦める。 「梓はどう考えてる?」  今度はいたずらっぽく問いかける奏に戸惑いつつ、缶ビールに口を付けた。 「奏に、キスとかしてもいいのかどうか……」  伏せ目がちに答える。これで思惑を外していたら洒落にならない。いい笑い物だ。そろりと窺うように奏に視線を向けた。 「……っ奏!? っん!?」  奏の唇が重ねられる。奏は驚きに硬直した梓から缶を取り上げ、その腕を首に絡ませてきた。  額が触れるほどの至近距離で見つめられ、内部がぞくりと粟立つ。奏が再びゆっくりとその唇を重ねてきた。  今度はその口づけに応え、奏の髪に指を絡ませた。絡み合う唾液の音に身体が火照っていく。  奏の指が梓のネクタイを解いたところで我にかえった。想像の中で何度も繰り返し見た場面が現実に起ころうとしている。それでもこれは違う。 「奏、ダメだ」  肩を押しとどめた梓を不満げに見上げた奏の目に再び理性が崩れそうになる。なんとか意識を踏みとどまらせ、両手で奏の頬を包む。 「俺は奏に一目惚れしたんだ。だからこんな関係は嫌だからな?」  ゆっくりと語りかけた言葉に奏が少し傷ついたような表情を見せた。このまま流されてしまいたい思いがなかったと言えば嘘になる。身体から始まる関係を否定するほど純情でもない。それでもあんな話を聞いた後で身代わりのように身体を重ねるのは嫌だった。 「俺、そんな軽そうに見えた?」  思わず恨みがましい言葉が口をついてしまう。奏がハッとしたように見つめてきた。 「――ごめん……」  奏は小さく呟くとコタツに置いたメガネを掛けなおした。うなだれた様子に苦笑いがこぼれる。ゆっくりと奏の頬に手を添えて口を開いた。 「奏、俺と寝てもいいってくらいには俺のこと好きになった?」  俯いた奏を下から覗き込むように視線を合わせる。きっと奏には意地悪な質問だ。  案の定、奏は困った顔で固まってしまった。罪悪感でいっぱいのその表情を見ているともっと困らせたくなってしまう。
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