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「あのさ、ランチ一緒にしようか?」
突然の誘いに奏の目は疑問符でいっぱいになっている。
「毎週月曜日、俺とランチしよ?」
ルート営業の俺は昼食の時間は融通が利く。今までは奏を見た後、もう1軒を回ってから昼食にしていた。それが踏切の前になっても何ら問題はない。
「梓。俺は……」
予想通りの思いつめた奏に重ねて誘いをかけた。
「それで写真、撮るなら一緒に行こう?」
一人じゃなければ幾分か気分も紛れるだろう。ただ奏が受け入れてくれるとは正直思えなかったのだけど。だけど、こんな風に他のやつに誘いをかけたらと想像したら遣り切れなかった。せめて、自分の存在が少しでも奏のストッパーになればいい。
「梓……」
戸惑いつつも視線で問いかける奏に、俺は微笑んで頷いた。これくらいは許されるかな。ずるい言い訳に、ゆっくりと奏の頭を抱き寄せた。無言の奏が背中に腕を回す。
綺麗な絵の中にいた奏は、生身の人間として梓の前に存在するようになった。たった少し奏のことを知っただけなのに、その人間味のあるアンバランスさにますます惹かれてしまう。
思い出がライバルだなんて、どれだけキツイ勝負なんだろう。いつまで経っても色褪せることのないそれを、上書きしてやることはできるのだろうか?
恭介と別れたあと、二度と自分を誤魔化さないと誓った。別れる前の一年、恋愛感情なんてすでになかったんだと今なら分かる。
嫌っていたわけじゃない……例えるのなら家族愛。当たり前にそこにあるけど、当たり前すぎてときめいたりはしない。
それが悪いわけじゃない。不変の愛情はきっと大切なものだ。けれども、その先を信じることは梓にも恭介にもまだできなかった。
どちらも分かっていたのに何もないかのように振舞った。生ぬるい現実が壊れることを恐れていたから。正面からぶつかる勇気があったなら、もし破局の結果が同じでもあんな後悔はしなかったのだろう。
だから誤魔化さない。奏に一目惚れしたことも、奏の気持ちに寄り添ったことも、すでにいない相手に嫉妬したことも……。
名前も知らないけど、カメラの持ち主、奏はもらうから。だから、これ以上奏を閉じ込めないでくれ。
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