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 府道から踏切を渡って駅のほうへ少し歩いたところ、一品食堂「こまだ」。すでに皿に盛り付けられた惣菜を好きなだけ自分で取って食べる。ご飯も味噌汁も自分で入れるシステム。  愛想のない店主だけど味はいいし、値段も良心的で昼時はサラリーマンたちがごった返している。  毎週月曜日十一時。待ち合わせをした場所に奏は今のところ毎回来た。この時間ならまだ店内も混んではいないため食事もすぐにできる。  奏はカメラを持ってこない。  十一時二十分。  並んで歩いて踏み切りへと向かう。  十一時二十八分、東へと向かう寝台特急を二人で見送ってから別れる。  奏の仕事は何やら物を書く仕事なんだと言っていた。時折、締め切りに間に合わなさそうだと電話があれば、昼食を調達して奏の家を訪ねる。  奏の家までは車が入れないため、府道沿いの取引先に車を置かせてもらい、走って坂を上った。さすがに昼休憩が自由に取れるといってもゆっくりしているほどの余裕はない。  食べてる暇ない、と焦る奏の前に無理やり弁当を置いて食事を始める。放っておくときっと食べないんだろうということくらいは分かる。  時々は誘って飲みにも行った。  奏が俺の家に訪ねてくることもある。  穏やかで平穏な日常。でもどこか誤魔化しに重ね塗られているような……。 「梓は優しいね――」  いつもより少し早くに踏切に着くと、柵にもたれた奏が呟いた。ああ、またなんかぐるぐるしているんだろうなぁなんて気づく。  奏は時々塞ぎこむ。ネガティブでマイナスで自己肯定感がゼロになる。今思えば初めて会ったあの日もネガティブモードだったんだろう。  だからそんな時は梓が躁になってみる。 「優しいよ。だって奏のことが好きだし」  軽く笑ってその顔を覗き込んでやると、予想通り少し赤くなった奏が視線を逸らす。  遠くに見える濃いグリーンのボディが迫ってくる。  なぁ、あんたさぁ……いい加減、奏のココロ返してよ。  走り去る鉄の塊に恨みがましい目を向けてしまう。奏のココロは電車に乗ったままコッチとアッチをずっと行ったり来たりしている。  連れ戻しに行ったら、梓に着いてきてくれるかなぁなんて他愛もないことを考えたりもする。  濃いグリーンが視界から見えなくなった。 「奏、あのさ……旅行、行かない?」 「梓はいつだって突然だね、どうしたの?」  困ったように見上げる奏から顔を背けて東へと延びる線路を見つめた。 「あの電車に乗って北海道まで」  梓が指差した向こう側を奏も一緒に見つめた。空が少しだけ高くなっている。相変わらずの熱気を含んだ風が吹き抜けていった。 「考えといて。じゃあ、仕事に戻るから」  そう手を上げて先に歩き出す。後ろから奏の気配が着いてきていた。府道に出たところで奏と別れる。毎週月曜日の習慣。 「梓、今日は仕事遅くなる?」  府道を渡る信号が赤に変わり、奏が足を止めた。 「どしたの? 多分七時にはあがれると思うよ」  府道側の歩行者信号が点滅を始めた。 「……梓の家に行ってもいい?」 「? 終わったら奏の家に寄るよ?」  そのほうが楽だろうと提案した梓に奏が首を横に振る。 「会社出るとき電話ちょうだい」  そう言い残して奏は青に変わった信号を渡って行った。後姿を見送って車へと戻る。なんだか分からないけど悪くはない。  今日は絶対残業なんかしてやるものか。
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