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 四月。蔵内第三踏切。今日も踏切待ちの渋滞は中々動かない。住宅地から府道へと抜ける数少ない踏切は旅客用の線路が五本、貨物用が一本、主要路線の電車は引っ切り無しに通過し、運が悪ければ十五分や二十分は軽く待たされてしまう。  この営業ルートに変わって二週間、踏切待ちの列に並ぶたび憂鬱な気分が圧し掛かってきた。  旅客用の線路と貨物用の線路の間には桜の木が一本植わっていた。桜木の下では一人の男が望遠レンズをつけたカメラを構えている。  鉄ヲタってやつか……大人になっても電車が好きとか理解できないよなぁ。  遮断機が上がり、車の列が進み始めた。通過できるか? 五本の線路を越えたところで貨物用の踏切が鳴り始めた。線路に挟まれた中間点に取り残される。  すぐ横にカメラの男が立っていた。その姿に思わず目を奪われる。印象的なのは目。まるで恋人を見つめるように――と言えば大袈裟だろうか。それでも無機質な鉄の塊を見ているとは到底思えない、色気のある表情でファインダーを覗いていた。  男がシャッターを切る。バックミラーに移ったのは濃いグリーンの寝台列車。同時に貨物列車が目の前をゆっくり通過していく。  寝台列車が通過すると男はカメラを下ろした。どうやら目的は東へと向かう今の列車だったらしい。真上に昇った太陽が男の頭を照らしている。光にやや透けて茶色っぽく見える髪の毛は男にしてはやや長めだろうか。細いシルバーフレームのメガネが繊細なイメージを際立たせていた。  ゆっくりと通過していた貨物列車の最後尾が通り過ぎ、遮断機が上がった。ブレーキから足を離しアクセルを踏み込む。同時にカメラを提げた男も踏切に足を踏み入れた。  何気なしに車内のデジタル時計を見る。  四月二十三日、月曜日、午前十一時二十八分。
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