ふたり

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ふたり

 衣替えが済んでワイシャツの上に会社指定のジャンパーを羽織るようになった。昼間の気温はまだまだ暑く、じっとりと汗がにじんでくる。  月曜日の午前十一時二十八分。いつものように奏と二人でグリーンの列車を見送った。 「梓、一緒に来て欲しいとこがあるんだけど」  グリーンが見えなくなった辺りを見つめたままで奏が口を開く。 「いいよ」 「どこかも聞いてないのに簡単に言うし」  呆れたように言い返す奏が可笑しい。 「だって奏は変な場所に行きたいとか言わないでしょ?」  そりゃそうだけど。出鼻を挫かれたのか、中々目的地を言おうとしない奏に問いかけようとして思い止まる。  急かさない。 「……お墓参りに行きたいんだ」  誰のかは聞かなくても分かった。 「いいよ。俺のこと紹介してくれる?」  奏が頷く。なんて紹介してくれるのだろうかと気になった。聞いたら答えてくれるかな? 「何て紹介してくれる?」  今度は思い止まれず問いかけてしまった。 「何てしたらいい?」  逆に問い返されて言葉に詰まる。 「今日さ、仕事終わったら奏の家に行ってもいい?」  照れた顔を見られるのが恥ずかしくて少し空に向かって聞いた。予想通りの了解する声に鼓動が早くなる。  午後の仕事には身が入らないことは決定だ。  府道へと歩き始め、ふと線路の向こう側を振り返る。  もう邪魔すんなよ……。  顔も名前も知らない男がどこかで笑ったような気がした。 「奏――冷凍庫開けるぞ」  居間でパソコンに向かう奏に声をかけ、かって知ったる台所へと入る。何か適当にと夕食の材料を頼むとの奏のメールでスーパーに立ち寄り、ついでにアイスを買い込んできた。移動中にやや柔らかくなり始めたアイスも今から冷凍庫に入れておけば食べる頃には再び固まっているだろう。 「何買ってきたの?」  一段落したのか奏が台所へと姿を見せた。振り返ってスーパーの袋を掲げてみせる。食材を買うといっても、二人そろってまともな食事など作れるはずもなく、ほとんどは惣菜のオンパレードなのだ。  白米だけは奏が炊いてくれている。 「筑前煮にコロッケに……あ、刺身もある」  奏が袋からトレイを取り出していく。 「さっすが梓。オール半額シール。あ、豆腐もあった」 「ビールあったっけ?」  惣菜を並べる奏を横目に冷蔵庫を開ける。抜かりなく冷えている缶を見て顔が綻んだ。奏一人のときはあまり晩酌をする習慣がないらしく、急に来たときなどはまずアルコールは買い置きされていない。わざわざ冷やしてくれてるんだ。 「とりあえず、いただきます」  難しい話は後回しと、ビールを開けて喉を潤した。涼しくなってきたとはいえまだまだビールの気候だ。奏もつられてビールを飲んでいる。ということは今日の仕事は終わったんだ。  あらかたのトレイを片づけてから冷凍庫のアイスを取り出す。 「バニラ、チョコ、ストロベリー、抹茶……奏、どれにする?」  パッケージの裏を見ながら封を開ける。少し悩んだ奏がチョコを選び、自分用に抹茶を取り出す。スプーンと一緒に居間の方へと運んだ。  相変わらずうれしそうにアイスを口に運ぶ奏を見て、こっちまで幸せな気分になってくる。  けどそろそろ本題に入ってもいいかな。
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