ふたり

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 奏は心なしか青ざめ、硬直している。梓も母と名乗った女性に何と声をかけていいのか判断できず押し黙ってしまった。この度は……と続けるにはあまりにも月日が経過しすぎているような気がした。  そんな梓たちを安心させるかのように女性はゆっくりと笑みを浮かべた。 「向井さんに、あ、あの社務所の方にお願いしていたんです。紘一を訪ねてくる方がいたら連絡して欲しいと……」 「あの……どうして」 「お会いできるのなら、かなでさんと言う方にどうしても会いたくて」  やっと会えました。そう言って女性が微笑んだ。  住居が近くだからと誘われ、固辞するも半ば強制的に手を引かれてしまった。女性が乗ってきた乗用車に乗せられ五分ほどで目的地に着く。  奏とふたり、緊張に身を固めて門を入った。  正直見たくなかったな……。木の枠に納まり朗らかに笑う男の顔から目を背けた。穏やかな日差しが差し込む客間に通され、見るつもりはなくとも仏壇のほうに目がいってしまう。  奏がどんな顔をしているのか気になりつつ、どうしても見ることができなかった。  やがて盆を携えた女性が客間に戻ってきた。 「曽我部くん。どんなに聞いても教えてくれなくて、でも半分無理やりにカメラを言付けたんですよ」  湯飲みに茶を注ぎながら女性が笑った。曽我部というのが共通の知人なのだろう。 「確かに受け取りました……あの、気を遣っていただいて……」  戸惑ったように答える奏の声がどこか遠い。 「ご迷惑じゃなかったかしら? お世話になったお店のご主人から「かなでさん」のお名前を聞いて。紘一の大切な人だったんだろうと思って探したんですけど……」 「すみません……」  その声には、こんな相手で、男でごめんなさいという内心が滲んで見えた。  呟く奏の手を握ってやりたくて、けどここではできなくて。 「謝らないでくださいな。ただ残った者の我侭なんですよ。紘一がそこまで大切に思った方が、同じように紘一を思ってくれているに違いないと思いたかったんです」  少し寂しそうに笑った女性が息子の写真に目を向けた。奏は何も言えずにやや俯き加減で目を伏せている。  少しだけ開けられた窓から爽やかな秋の風が吹き抜けていく。  奏が小さく息を吸い込み、顔を上げた。 「俺は……紘一さんとかけがえのない時間を過ごさせてもらいました。いなくなったことをずっと受け入れることができず、ここまで来るのに二年も経って……」  そこで言葉を切って奏が深く頭を下げた。 「紘一さんの大事な時間の一部を俺にもらえたことに感謝しています」  女性が驚いたように目を見張って奏を見つめた。やがて頬が緩み笑顔が広がる。 「私からも……あの子の人生を豊かなものにしてくれてありがとう」  奏の肩に手を添えた女性がゆっくりと言葉を紡いだ。  顔を上げた奏の目から涙がこぼれ落ちた。心中にはいろいろな想いが渦巻いているのだろうが、きっとそれはもう奏を苦しめない。  宥めるように肩を叩いていた女性が梓を見上げた。正面から見据えられ思わず身じろぎをしてしまう。 「もう寂しくないわね」  女性は奏に向かっていたずらっぽく笑いかけた。うろたえた奏が助けを求めるように梓を見る。そんな奏を微笑ましそうに目を細めて見た女性は再び梓を見つめた。 「奏さんをここへ連れてきてくれてありがとう」  女性の言葉に驚きのあまり声がでない。 「――どう、して……?」 「オンナの勘、かしら。なんとなくだけど、あなたがいたから奏さんが来てくれたのじゃないかと思ったものだから」  思わず奏と顔を見合わせてしまう。それを見た女性はまたコロコロと笑い「合ってる?」と問いかけた。なんと答えようか逡巡している間に奏が先に口を開く。 「当たりです。彼のおかげで俺はまた前を向くことができました」  真っ直ぐに答える奏がどこか眩しかった。  車で駅へと送ってくれた女性が、別れ際に少し躊躇うように口を開いた。年寄りのたわ言だと聞き流してね。そう前置きをして。
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