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 降るかなぁ。  あと一件、回るまでもってくれよ……。どんよりと重い梅雨空に願いながらハンドルを操作した。いつもの踏切、天気が思わしくないせいかいつもよりも通行量が多い。  最後尾からは桜木の下に男がいるのかどうかも分からなかった。  十一時二十三分。早く進めよ。電車が来てしまう。  遮断機まであと三台。フロントガラスには雨粒が数滴、玉になった。  雨粒は見る見るうちに滝のように流れ始める。遮断機が上がった。警報機が鳴り始めたのを半分無理やりに進入する。  中心部でミラーを見れば、後続を遮断機がせき止めた。激しく降り始めた雨の中で男がファインダーを覗いている。白地に黒の縦ラインがデザインされたTシャツ。あたり前に透けた肌色から慌てて視線を反らせた。雨に濡れた髪が額に張り付き、その雫が涙のように頬を流れ落ちている。  無意識のうちに梓は、助手席に放り込んでいた傘を手にドアを出た。一心に電車を待つ男に黙って差し掛ける。  真剣な表情の男は雨が遮られたことにも気づいていないようだった。  初めて間近に見た男の顔に思わず見蕩れてしまう。話しかけようかどうか逡巡し、結局は邪魔にならないよう無言でいることにした。  寝台列車が通り過ぎ、背後の遮断機が上がる。カメラを下ろした男がやっと梓の存在に気づき、驚いたように見上げた。  後続車が踏切に進入を始めている。前方には貨物の最後尾が通り過ぎるのが見えた。 「これ、どうぞ」  半ば無理やりに傘を押し付けると、慌てて運転席に戻ってサイドブレーキを戻した。前の車に続いて踏切に入ると、バックミラーには呆気に取られたように立っている男の姿が映った。  初回接触成功。だらしなくにやけた自分に自覚はあったが、どうにも笑いが止まらなかった。  その日一日がバラ色だったことは言うまでもない。  一体どうしたんだろう。片思いの相手に接触しただけでこのザマなんて、まるで思春期のガキみたいじゃないか。  接触できたといっても相手はただの男で、梓が期待するような展開になることなんか多分ない。性的嗜好が違う相手を意識するなんて、それこそ無駄な時間だ。  それでも、もしかすると。 「バカみてぇ……夢見る少年じゃないんだからさ、俺」  自分自身に呆れながらも高揚する気持ちは抑えきれるものでもない。二回目はあるだろうか。仄かな期待がわき上がるのを、抑えることはできそうになかった。
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