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 梅雨の晴間に気温が上昇する。踏切の手前でエアコンを切って窓を開けた。途端に湿気を含んだ不快な空気が侵入する。  今日は声くらいかけられるだろうか。  ちょっとしたアクションの計画に、早くなる鼓動が我ながら照れくさかった。十一時二十五分、遮断機が上がる。  桜木の下にいつも通りカメラを手にした男がファインダーを覗き込んでいた。  中心地点に到達し、無理をすればもう一つの踏切をも渡れるだろうがここは敢えて停止しておく。警報機が鳴ったら踏切内には進入しないこと、誰に対しての言い訳なんだ。  一瞬、ファインダー越しに男の視線がこちらを向いたような気がした。  メガネの奥に見える真剣な眼差しに思わず目を細めてしまう。やっぱりキレイだよな。面食いの自覚はある。なかでも線が細くて儚げなのに、どこか凛とした雰囲気が堪らなく好みだ。  バックミラーに寝台列車が通過するのを確認し、男がファインダーから顔を上げるのに合わせて、熱い視線を逃がした。 「これ、ありがとうございました」  不意に空いた窓からかけられた声に、心臓が飛び上がる。ぎごちなく横を向くと片手に傘を差し出して穏やかに微笑んでいる彼が目に入った。 「よく、ここで見かけるから今日も会えるかと思って」  真っ赤に塗られた会社のロゴ入り営業車は、思ったよりも記憶に残るものなのかも知れない。前方の遮断機が上がるのが見えた。 「いえ、こちらこそ……っ」  柄にもなく焦ったせいで、何ともよく分からない言葉を呟きながら傘を受け取った。後続車が迫ってきている。多大な未練を残しながらも、精いっぱいの笑顔で会釈をしてアクセルを踏んだ。  想像よりも低い落ち着いた声だった。自分に気づいてくれていた、無性に心が温かくなる。  どういう人なんだろう。電車好き? 違う気がする。他の曜日には姿を見たこともなく、必ず月曜日の昼にだけ――。熱っぽいまでに注がれている視線はどのような意味が含まれているのだろうか。  名前は? 歳は? 恋人はいる?  男は、恋愛対象になる……?
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