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遠野茜は埼玉県の熊谷市に住んでいる。熊谷市は都内から電車で一時間半位の距離にある小さな町だ。茜は都内の大学を卒業してから職業を転々として、二十五歳になった今、ここ地元の熊谷市にある駅の近くの小さなフライ焼き屋さんで働いているのだ。
フライ焼きとはこの辺りの名物で薄いお好み焼きのような物である。茜は小さな頃から食べているが、流石にこの八月は食べる気にならない。しかしこんな時期でも、たまに観光客が物珍しさでやってくる。
「美味しい、美味しい」
皆が褒めてくれると茜も嬉しい。将来は自分でお店を建てて経営していくのも良いと思う。一緒にお店をやりたい好きな相手もいる。よくこの店に顔をだしてくれる常連さんで山下さんと言う人だ。山下さんは三十代前半位だろう。背が高くて顔立ちの整った男性だ。店長が言うには結婚をしていたが離婚をしたという話だ。独身みたいなので茜にもチャンスがありそうである。
「茜ちゃんは山下さんが好きなんだろう」
五十代、お腹の出た店長もこの気持ちに気がついているようで、お店が暇な時からかわれる事がよくある。
「店長、解ります?」
「見ていれば直ぐに解るよ。だけど、山下さんは止めた方がいい。今でも元の奥さんの恵美子ちゃんが好きなんだ」
「好きなのに別れたんですか?」
「男と女には色々あるんだよ」
「もしかして山下さんが振られたとか?」
「いいや、恵美子ちゃんも山下さんの事は好きだろう」
「私だったら好きな人とは絶対別れないのにな」
「茜ちゃんはまだ子供だからね。解らないんだよ」
「やだー失礼な。これでも何人かの男性と付き合った事があるんですよ。店長、私達お似合いだと思いません?」
「ははは、そうだな。でも山下さん夫婦も本当にお似合いの二人だったよ」
茜は複雑な気分になる。だが、二人は別れたんだ。これは揺るぎない真実である。
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