第19話 悲しい恋(中)

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第19話 悲しい恋(中)

(4) 今回は私がセッティングした。でも、何故いつも美咲と一樹のデートに私がいるのだろう。玲奈はそう思っていた。 切っ掛けは、初めて美咲と一樹が二人で会うときに、美咲から頼まれて同席した事だ。 それから何故かいつも三人で会っている。私だって、いつまでも他人のデートに同席などしたくない。でも、何故が二人とも自分(玲奈)を邪魔にはしていないし、なんとなく二人で会うと緊張するのか、自分がよい緩衝材になっている気がしていた。 今日も二人だけに任せて自分が口を出さなければ、10分もすれば話題が途切れた。 『仕方が無いなぁ。美咲の為だ』そう思って啓治が登場するまで話題を振って場を持たせた。 中村は玲奈の依頼を話し合って少し修正した。 まず、美咲の父親役は玲奈の伯父役に、配役を中村から啓治に変更した。 美咲の父親だと、付き合いが上手く行ったら必ずどこかでバレる。玲菜の、それも母方の伯父役なら、年齢的にも名字が異なることも、(つまりバレても)違和感が無い。 それで、玲菜の伯父役で啓治が登場する手はずだった。 美咲にどうして一樹ともっと積極的に付き合わないのか、と問うたことがあった。 美咲は「長い間、人を好きになったこと無いし、一樹さんの事が判らないので不安だし・・・」と答えた。 その不安も今日の結果次第では、自分が終わらせる、と意気込んでいた。 「伯父さん!」偶然を装い登場した啓治に玲奈が声を掛けた。 「おう、玲奈か。友達か?」 「うん、お友達」 「初めまして、玲奈の伯父の塩田と申します。玲奈がいつもお世話になっております」啓治が型どおりの挨拶をした。 「いえ、とんでもない。こちらこそ玲奈さんにはお世話になってます」二人ほぼ同時に声を発した。玲奈は『なんだ、息、合っているじゃん』と思った。 「伯父さん、奢ってよ」 美咲はそう無茶ぶりして自然に席へ誘った。啓治も加わり二人と楽しそうに話しをしている。こんな時は、接待などに慣れている会社の管理職は色々な話題を持っており、話しに飽きない。 ただ、玲奈は啓治が話しをしながら二人の様子を探っているのが良く判った。 『こわ・・・、管理職ってこうやって人の本質を観察するんだ。じゃあ、私なんかもとっくに分析されているのかも』 「私、ちょっとお手洗いに」美咲が席をたった機会を逃さず「私も」と玲奈が続いた。 二人がお手洗いから帰ってくると、啓治がみんなの伝票をもって「じゃあ、僕はそろそろ。みんなはゆっくりしてくださいね」そう言って席を立った。 その日の夜、恋人屋本舗で玲奈は啓治に話しを聞いた。 「一樹さん、どう思った?」 「彼は信用できる。常に誠実であろうとしている。それが、面白みのなさに繋がっている気がするが、人間として一番大事なモノは持ち合わせている」 「そうかぁ、良かった。美咲を任せられそうね」 「いや、それが・・・」 「え? 任せられないの?」 それから、玲奈と美咲が席を外した間の会話を玲奈に伝えた。 ・・・・ 「一樹君、美咲さんの事は玲奈から良く聞いている。玲奈と美咲さんは無二の親友だ。玲奈は美咲さんの事になると一所懸命だ。正直に言おう。今日僕は玲奈に君を見て欲しい、と言われたんだ。 詳しくは言えないが、あの娘は昔とても辛い経験をして心に傷を負っているらしい。だからこそ、あの娘には絶対に幸せになって欲しい、と玲奈は真剣に思ってる」 「・・・・はい」 「私が見るところ、あの娘を幸せに出来る男はそんなにいないだろう。君にはその素質はあると思う。ただ、人の恋路に口を出すほど野暮じゃ無い。君にどうしろなんて言うつもりもない。でも、君はどう思っているぐらいは教えてくれないだろうか。でないと、玲奈に口をきいてもらえなくなる。」 一樹は言葉を慎重に選びながら応えた。 「美咲さんは、とても素晴らしい女性です」 しばらく沈黙が流れ、それから続けた。 「美咲さんには、心から幸せになって欲しいと思います。でも、僕にはその資格は無い・・・」 「資格?」 それきり、一樹はその問いかけには応えなかった。 啓治もそれ以上、問いかけなかった。 ・・・・・ 啓治は一樹との会話を正直に伝え、慎重に行動するように(うなが)したつもりだったが、玲奈は無視した(と言うよりも、気づかなかった)。 「とにかく、啓治さんから見ても、人間的に大丈夫なのね。啓治さんにもお墨付き貰ったし、私(二人をくっつけるべく)頑張る」 玲奈が帰った後、啓治は所長の中村と話し込んだ。 中村は翌日から拓也と共に調査を始めた。 (5) 11月になった。 「拓也、なにしてるの」久しぶりに恋人屋本舗に顔を出した玲奈が言った。 「仕事だよ、見ての通り」 「そうじゃなくて、何着てるの」 「トレンチコートだよ。知らない?」 「だから、どうして、寒くも無いのに室内でトレンチコートを着て仕事してるの」 拓也はアクアスキュータムのトレンチコートを着込んで、パソコンに向かっていた。ベルトもしっかりと縛っていた。 「一週間前にトレンチコートを買ったら、嬉しいのか毎日着てるの。自宅と恋人屋本舗の間の数分の距離を、きっちりとベルトも締めて着込むのよ」由佳が笑いながら言った。その日は土曜日で由佳も遊びに来ていた。 「ちょっと、その着方、ダサくない? 由佳さん、もっと躾けなきゃ」 「ふふ、そうねぇ」由佳は笑いながら応えた。由佳は、嬉々としてトレンチコートを着る拓也を可愛いと思っていたのだ。 「由佳は格好いいと言ってくれたぞ」拓也が抗議するように言った。 「拓也、基本スーツ着ないんだし、何故、トレンチコートなの」 「ああ、少し前に拓也が打合せで会社に来たときに、帰りに二人でカラオケスナックに行ったんだ」啓治が口を挟んだ。 「その時に、俺が『哀愁のカサブランカ』を歌ったんだ」 「『哀愁のカサブランカ』って何?」 「知らないか・・・」 「由佳さん知ってる」 「会社の飲み会で、時々、定年間際の人が歌ってる」 「で、拓也が俺の美声でその曲を気に入って・・・」 「違う、画面に流れる歌詞が良かったんだ」 「で、(歌詞には出てこないのに)どうしてカサブランカという題名なんだと訊いてきたので、カサブランカを教えたのさ」 「カサブランカ?」 「映画だよ。映画。ボギー(トレンチコートを着てる)が格好いいのさ」 「ボギー?」 「ダメだ、こりゃ」 そこにフミが入ってきた。 「おや、トレンチコートかい?」 「拓也、まだ、似合うには少し早いね。トレンチコートは、男の人生の経験で着るものだよ」 そう言って、部屋を出るとしばらくして戻ってきて、フェドラハット(いわゆる、中折れ帽、というやつ)を渡した。 「これをやるよ」 「いいんですか?」ハンフリーボガードが被っていたフェドラハットまでは高くて手が出せなかった拓也は喜んだ。 「ジェームスロック(帽子のメーカー)じゃないですか!」ネームを見て拓也が驚いた。 「宗佑さんの帽子だよ。形見に持っていたけど、私が持っていても使わないからねぇ」 「こんな高い、そして、そんな大事なものをいただくわけには・・・」 「良いんだよ。帽子なんて飾っていても仕方が無い。拓也に使って貰った方が宗佑さんも喜ぶ」 「そういえば山野(宗佑)さんも、アクアスキューラムのトレンチコートとジェームズロックのフェドラハット、似合ってましたね」中村が言った。 「格好良かったねぇ。一目惚れだったよ。ハットを少し斜めにかぶって、トレンチコートを羽織って2~3歩あるくだけで、人生がにじみ出てたよ。拓也も早くそのコートとハットが似合う男になるんだよ」 そういって、思い出すように遠くを見た。 「フミさんにもそんな恋心があったんだ。そういえば、最近、あの二人の様子はどうなんだ?」 玲菜に啓治がが声を掛けた。 最近は玲奈もデートに呼ばれなくなっていた。玲奈はそれを喜んでいた。 「順調みたい。私から見ればもどかしいけど、ゆっくり仲良くなってるんじゃ無いかな」 「一樹さん優しいの。美咲が会いたくなって『会いたい』って連絡するといつでも飛んできてくれるらしいの。この間なんか、美咲、ちょっと情緒不安定なところあるから、深夜に泣きながら『会いたい』って電話したら、もう電車無いから、なんと自転車で吉祥寺まで1時間強掛けて来たのよ」 「へえ~」 「そして、朝まで一緒にカウチに座って、寄り添いながらDVDを見てたんだって。ロマンチックねぇ。直ぐに襲いかかろうとうする男どもに、爪の垢煎じて飲ませたいわ」 「そうだよな。拓也、反省しろよ」啓治が言った 「誰が襲うんですか。言いがかり止めて下さい」 「拓也より、啓治さんの方が危ないんじゃ無い?」玲菜が言った。 「女性に言い寄るように見られるなんて、この歳でそんなに(男の)色気があるのかなぁ」と啓治はまんざらでもなさそうな表情をした。 「勘違いしてるね。単なるエロ(じじい)だと言ってるんだけど」と玲菜。 「うん、勘違いしてる」と拓也。 その時、玲菜のスマホが小さく鳴動した。 「あっ、美咲からのLINEだ」 そのメッセージを見た美咲が思わず立ち上がった。 「どうした?」啓治が訊いた。 「なんか、変!」 のぞき込んだLINEのトークには「玲菜だけは何があっても離れずに、ずっと私の傍らにいてくれたね。迷惑ばかり掛けたのに、支えてくれた。本当に心から感謝しています。ありがとう。そんな玲菜に最後まで迷惑かけるかも知れない。ごめんね」と書かれていた。 その画面を啓治は拓也にも見せた。二人の顔が険しくなった。 「玲菜、今日の美咲ちゃんの予定は?」 「わかんない。電話にも出ない」美咲に連絡を取ろうとしてた玲菜が答えた。 「吉祥寺だ。吉祥寺に行きましょう」拓也が言った。 「そうだな。たぶん吉祥寺だ。玲菜、一緒に来い」 3人はスバルS4で吉祥寺に向かった。途中、スコールのような雨が降り出した。道中、啓治が玲菜に説明した。 「美咲さんの彼を殺した通り魔は、一樹君だよ」 「まさか!」 こんな時に冗談など言うわけはない。啓治と拓也が少し前から良く打ち合わせをしていたのは、一樹と美咲のことを調べていたのだ、と悟った。真実だと理解した玲菜が続けた。 「あんなに穏やかな人が・・・何故」 啓治が経緯を喋った。 「親の過干渉だよ」 「過干渉?」 「ああ、子供の一挙一動に口を出す。『こう、しなさい』、『ああ、しなさい』、『これはやってはダメ』。『あれは、やってはダメ』、とにかく全て自分の思い通りに動かそうとする。この中学へ行って、この高校へ行きなさい、この部活はダメだ、将来この大学へ行ってここへ就職して・・・」 「過干渉を受けた子供は、大抵、自分で何も決めることが出来ず、常に指示を待つような大人になってしまう」 「あるいは、しっかり自我をもっている子供ほど、精神的に追い詰められる。大抵は、親に反発して荒れるのだが、真面目な子供ほど、その不穏な気持を抑え込もうとするから、限界に達すると感情を一気に爆発させてしまう」 「いつも良い子で親の言う事を良く聞いていた子が急に暴れて手が付けられなくなるケースだよ」 親は驚き、原因を外部に求める。たとえば付き合っている友達が悪い、学校が悪い、などとね。 実際には、親が悪い。それを指摘されると、決まって言うことは「私は子供のためを思って」だ。まるで、免罪符のようにね。それさえ出せばなんでも許されると思っている様だ。やっかいなのは、それを信じ切っていることだ。 でも、それは単なる自己満足だ。本当に子供のことを思うなら、可能な限り子供の意思を尊重すべきなのさ。思わず口を出したくなるのを我慢して、子供の思うとおりにやらせるのが本当の親だよ。 子育ての80%は我慢だ。 「子育てって、難しいね」玲菜が思わず呟いた。 「そう、難しくて、でもやり甲斐があって、楽しい」 啓治が言うと説得力があった。 「一樹君の場合は、根がとても真面目だから爆発してしまったんだ。おそらく、その瞬間、周りの環境全てを潰したいと思ったんだろう」 「美咲さんや彰さんを、前から狙っていたわけじゃ無い。たまたま、近くにいただけだ。殺人鬼でも無い。もし、殺人鬼なら次々と襲っている。彼は彰さんを刺した瞬間、我に返ったんだ」 「彼は捕まった後、一切の抵抗をせず、一切の自己弁護をせず、全てを正直に話し、最大限の後悔をし、何度も死のうと試みている。医師の診断もあり、犯行時は病的な精神状態だったという診断、その原因、そして回復具合、さらに未成年だったこともあり、2年で拘留を解かれている」 「美咲はその事を知ってるの? 一樹さんは美咲が自分が殺した相手の恋人だったと知っているの?」 「解らない。でも、その文面だと美咲さんは何かを知ったんじゃないか?」 日曜日で激しい雨だということもあり、混雑は少なく40分ほどで到着した。 到着した頃には、傘が無くても耐えられるほどの雨になっていた。 「どこだと思う?」啓治が言った。 「吉祥寺と行っても広いですからね・・・」 少し考えてから拓也が言った。 「井の頭公園。(人気の少ない)井の頭公園駅方面かグランド方面・・・」 「同意だ」啓治が言った。 「方向は真反対です」 「俺と玲菜は井の頭公園駅の方へ行く。拓也はグラウンド方面を見てくれ」 「解りました」 3人は、公園の七井橋で左右二手に別れた。 休日だったが、さきほどまでの激しい雨で、公園の人出は少なかった。啓治と玲菜はひょうたん橋が見える辺りで、一樹と美咲が相合い傘でこちらに向かって来るのを認めた。 啓治と玲菜は物陰に隠れた。啓治は拓也に連絡をして呼び戻した。 一樹と美咲は、スコールのような雨を池向こうの茶屋でやり過ごしたのだろう。小雨になったので歩き始めた様子だった。 雨が止んだのをみとめ、一樹が傘を畳んだ。美咲が池に面したベンチを指し、二人向かって並んで座った。 言葉数少なく、羞じらうように並んで座る姿は、まるで初デートの様な初々しさだった。 その姿を見て玲菜は少し安心し、啓治の方を振り見た。しかし、啓治は険しい表情を崩していなかった。 その表情に疑問を抱きながら、「大丈夫そうね」と玲菜が言った。 「気づかないのか?」啓治が言った。 「え?」その言葉に二人をもう一度見て気がついた。 「あっ、ベンチ! びしょ濡れのハズなのに・・・」二人は、びしょ濡れのベンチを拭くわけでも無く、何も気にしないかのように座っていた。 「二人にとって、どうでもいい、と言う事だよ」 「どうでもいい、って・・・」 その時、反対方向へ行っていた拓也が合流した。 「どうですか?」 「うん、予想通りだが、良くない・・・と思われる」 「そうですか・・・」 玲奈にはどうなっているのか事態が飲み込めなかったが、啓治と拓也は状況を把握しているようだった。 その玲奈も次の瞬間、状況が飲み込めた。 美咲と一樹が一言づつ言葉を交わした後、美咲がトートバッグからロープを取り出した。 一樹が声を掛け、美咲はその言葉を聞き、広げた両手に持ったロープをスベらないように左右の掌に巻いた。 そして、静かに立ち上がると一樹の背中に回り、ゆっくりと一樹の首に巻いた。 それを見た玲奈が慌てて飛び出そうとした。 その玲奈の手首を啓治が掴み止めた。 「何故、止めるの!。美咲に人殺しをさせるつもり?」 「黙って見てろ!」低く、有無を言わせない口調で啓治が言った。 美咲は力を込めているのだろう。引っ張る手が震えている。
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