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第2話 恋人奪還作戦(前)
由佳はJR高円寺駅で電車を降り、玲二のマンションへ向うまえに『OKストアー(スーパーマーケット)』へ寄った。
玲二の事を思うと、少し躰が疼いた。もう、きっと濡れているに違いない。
最近、玲二とのデートは、だいたい月に2回のペースだ。これは2年前に付き合い始めた頃から比べると明らかに少なくなった。
玲二とは会社が同じだった。部署が違うので、仕事で一緒になることは無かったが、時々、廊下などですれ違っていた。会社の立食パーティで、手に持っていたビールをよろけて玲二にかけてしまったのをきっかけに、付き合い始めた。
その時、玲二は紳士的に対応し、そのスマートさに由佳は惹かれた。
付き合っていることは、玲二の希望もあり、周りには隠しているので、多くの人は知らないハズだ。
少し前に、由佳の同僚の女性社員が「吉岡(玲二の名字)さん、ちょっと格好いいよね」と言っていたのを聞いて嬉しくなった。でも、その時に男性社員が「でも、少し外面がいいから、付き合うなら気を付けた方がいいよ」と言ったが『そんなことは無い。優しいだけだ』と心の中で否定した。
玲二が由佳の躰を(感じるように)開発してくれたと思っている。 最初は普通に気持ちいいだけだったのに、最近は我を忘れるほど感じる。玲二とのセックスの間、由佳は何もかも忘れ、だたひたすら快楽に溺れる。
由佳の躰の隅々まで知っている玲二には、躰も心も玲二に差し出している気がする。そして、玲二の望むことは何でも聞いてあげたかった。
由佳が承知した(と言うよりも、玲二が喜ぶだろうと思って、ダメとは言わなかった)ので、最近徐々にエスカレートし、セックスで大人のオモチャなどを使い出した。
由佳はバイブを入れられ、ローターを当てられてのたうちまわる姿を、玲二にながめられて、余計に感じてしまった。
「もうダメ!!」と言っているのに、スイッチを『強』にされて、思わずえび反りになって痙攣して逝ってしまった。 何度も逝かされ、途中で失神しそうになることあった。
でも、由佳はそれを嫌だと思った事は無い。玲二がそれを望んでいるなら。
そして、自分のそんな姿に興奮して、自分のとのセックスを楽しんでくれるのなら。
でも・・・、少し不満な事もあった。
出会った頃は、外で食事をしたり、映画を見たり、休みの日にはドライブに行ったり、つまりデートをしてからラブホテルへ行くことが多かった。
ところが徐々にラブホテルでのセックスだけの付き合いが多くなり、最近は、ラブホテルへも行かず、玲二の部屋でセックスをすることが多かった。
玲二の住んでいるマンションの部屋は2LDKで一人で住むには十分な広さだったし、二人でも問題無く住めた。
由佳はそのまま泊まりたかったのだが、部屋でセックスも含めて2~3時間ほど過ごすと、決まって「さあ、もう遅いから帰った方がいいんじゃない」と促され部屋を出た。
なんだか、性欲を満たした後、追い出されている様な気もするが、きっと優しい玲二のことだから、母親と二人で暮らしている由佳の事を心配して言ってくれているのだろう。その証拠に、会う度に「お母さんは元気にしているの?」と訊ねてくれる。
いつもセックスだけして帰るのが、つまらないので前回別れ際に「今度、食事を作ってあげようか」と言ったら、喜んでくれた。
それで、今日は食材を買い込む為に『OKストアー』に寄ったのだ。今日は遅くなるか友達の家に泊まってくると母親には伝えた。今年28歳になるので母親もうるさくは言わなかった。
『OKストアー』を出たときに電話が鳴った。玲二からだった。
「今、どこ?」
「OKストアー出たところ。遅くなってごめん。これから向かいます」
玲二のマンションは東高円寺近くなので、JR高円寺駅からも、OKストアーからもまだ少し距離があった。
「そうか、ちょうど良かった」
「え?」
「ごめん、まだ仕事が終わらなくて・・・、今日はちょっと会えそうにない」
「え~、そうなんだぁ」食材を買ってしまったのに、と思ったけど、それは言わなかった。
「ごめん、埋め合わせはする。また、連絡するから」
ものすごく落胆したけど、仕事なら仕方が無い。こんな時に「仕事と私とどっちが・・・」なんて言うほど、野暮でも馬鹿でもない。
「うん、分かった。じゃあ、今日は帰るね」
そう言って、JR高円寺駅に戻り電車に乗った。
がっかりして、電車に乗っていたが、新宿で山手線に乗り換えようとした時に思いついた。
『そうだ、せっかく食材買っているし、玲二の為に食事を作って冷蔵庫にでも置いておこう。そうすれば、遅く帰ってきても、いや、明日でも食べられる』いつも、飲み物しか入れていない殺風景な玲二の冷蔵庫を思い起こしながらそう考えた。
いつでも出入りできるように、鍵は預かっていた。
結局、玲二のマンションに着いた時には電話があってから1時間半ほど経っていた。マンションに近づくと玲二の部屋に灯りが付いていた。
『なんだ、帰れたんじゃない。言ってくれればいいのに』
そう思って、ドアを開けた。
その瞬間、女性の靴が目に飛び込んできた。
『え?』
そして、聞き耳を立てると、女性の喘ぎ声が聞こえてきた。
『もしかして、浮気?』心臓がバクバクしていた。
「ああっ、そこ・・・いい、もっと・・・」女性の声がする。
「あああっ」という声が徐々に大きくなっていく。そして「玲二さん、玲二さん、逝く~!」と叫んで静かになった。
あの声は確か・・・玲二と同じ営業部の咲希だ。
由佳は凍りついていた。
激しい息遣いと静寂が続く。しばらくして、落ち着いたのか咲希の声がした。
「今日、彼女と会う日じゃなかったの? 私なら別に無理して今日会わなくても良かったのに」
「彼女なんて、止めろよ。電話して今日はキャンセルしたよ」
「だって、由佳さんと付き合っているじゃない」
「一応な。でも、少しウザイんだよ」
「ウザイ?」
「ああ、なんだか女房気取りになって来てさ。何かと俺のことを心配するし、世話を焼きたがるし、今日も食事を作りに来るって言うんだぜ」
「良いことじゃない。尽くす娘なんて今時いないよ」
「重たいんだよ。恋人として付き合うなら、咲希のほうがいい」
「じゃあ、私を本命にして乗り換える?」
「え? もう、そうなってないか? お前とのセックス、今月だけで5回目だぜ。由佳とは今月1回しかしてない。密度が違うんだよ」
「あら、冗談で言ったのに。でもそれなら何故、まだ付き合っているの?」
「まあ、便利だからな。俺の言うことは何でも聞くし、何をしても嫌がらないし。今度、(セックスの時に)縛ってみようかと思ってる。いつも、セックスでおもちゃ使うと何度も逝くんだけど、失神しそうでしないんだよ。今度こそ失神させてやるんだ。お前、そんな事、承知しないだろう?」
「由佳さん、そんな事まで許すの?私は絶対にイヤ!!」
「(そう)だろう。だから、もう少し付き合うさ」
「あ~あ、そこまで尽くしているのに可愛そうに・・・」
そこまで聞いて、静かにドアを閉め、音に気を付けてゆっくり鍵をかけた。
涙が止まらなかった。
浮気だと思っていたのに、向こうが本命で私の方が便利な女だったなんて。
JR高円寺駅まで歩く気力もなかった。
とりあえず、目の前の新高円寺駅から丸ノ内線に乗った。
新宿で山手線に乗り換えた。立っているのも辛かったが、座席は空いていなかった。
2年も付き合えば、結婚を意識しなかったと言えばウソになる。ごく自然に、このまま結婚するものだと思っていた。玲二は30歳、由佳はもうすぐ28歳だった。
由佳は竹の塚に住んでいる。
会社は池袋のサンシャインにある。
最初は池袋で、親密になるにつれ会社のある池袋を避けて(玲二の家に近い)新宿で会うようになり、その後は高円寺だ。
由佳にとっては徐々に遠くなって行ったことになる。遠いのに。よく、竹の塚から高円寺まで通ったものだ。 でも、好きな人に会えると思うと、そんな距離は何でもなかった。
ただ、今のような状態になると、改めてなんて遠いんだろうと思ってしまう。
日暮里で常磐線に乗り換えようと思ったが、どうも視線を集めているようなので、客観的に自分の姿を確認してみた。 確かに、スーパーのレジ袋を下げて泣いていたので、少し異様な光景だ。
こんな状況なのだから、スーパーでの買い物なんて、サッサと捨てれば良いのに、勿体ない、というより品物に申し訳ない気がして、捨てられず持ち運んでいた。
人目を避けるようにそのまま改札を出てしまった。
人混みを避けると、谷中方面に足が向いた。
ゆるやかな坂を越えると谷中銀座の階段に出た。
20時を過ぎていたので、多くの店は閉まっていて、人通りも少なかったが、外国人が出入りするバーやパブの様な所だけは似賑わっていた。
谷中銀座の突き当たりを右に回ってよみせ通りに出た。少し歩くと、バーでもパブでもない『恋人屋本舗』という看板に灯りがついていた。
『恋人屋本舗? デートクラブかな』
もし、あそこへ行けば誰かが私を誘ってくれるのだろうか?
今日の自分は自暴自棄だ。
もし、誰かに誘われたら絶対に付いて行くだろうし、抱かれるだろう。 いや、もっと、めちゃくちゃにしてほしかった。 複数の男達にレイプのようにもてあそばれても受け入れてしまいそうな自分がいた。
そう思っていたら、タイミング良く男に声をかけられた。
「どうしたの? 泣いたりして。嫌なことがあったなら、一緒に呑もうよ」
振り向いたら、自分と同年代のサラーリマン風の3人組だった。
一緒について行ったら、たぶん犯されるだろう。それが判っていたが、どうでもよくなり『うん』と言おうとした瞬間、別のところから声がした。
「止めといた方がいい」
「え?」と由佳。
「なんだ、お前は?」
「『なんだ、お前は』ってベタな台詞だな。じゃあ『名乗るほども者ではありません』と返しておくよ。お前達こそ、その女性をどうするつもりだ。日暮里駅から後付けてたよな。悪巧みするには少し声が大きいんだよ。直ぐ後ろにいたから全部聞こえたよ」
「何を聞いたというんだ」
「3人以上で入れる近くのラブホ検索して鶯谷の『エスコート』を見つけていたよな。部屋代割り勘で一人2500円だって? 女性を犯そうってのにセコイんだよ。言っておくが、エスコートは3人以上の場合、部屋代1.5倍だからな」
「あっ、そうなんだ」3人組のひとりが言った。
別の男が「そんな事どうでもいいだろう」とたしなめていた。
「とにかく、お互い大人なんだし、別に無理矢理じゃない。まっとうに誘っているんだから邪魔するな」
そして、改めて「呑みに行こう」と誘った。
一連のやり取りを聞いて少し冷静になっていた由佳は断った。
「ちぇっ、スーパーのレジ袋持って泣いて変な女だと思ったけど、少し可愛いから誘ってやったのに」と捨て台詞を吐いて3人組は去って行った。
「あのさぁ、あの3人は普通のサラリーマンだろうから大人しく引き下がってくれたけど、質の悪い連中に引っ掛かったら、あんた、ボロボロにされて風俗にでも売られるぞ。何があったのか知らないけど、もう少し自分を大事にしろよ」
由佳は怖くなって、涙目で「すみませんでした。ありがとうございました」と言った。
『ほっといてよ』というような反応を予想してたのだろう。意外に素直な応えが返ってきたので、男性は、改まった丁寧な口調で続けた。
「さて、今日はもう帰った方が良いですよ。大丈夫ですか? 帰れますか?」
もう、帰る元気が無い・・・・、そう思ったら、自分の置かれた状況を思い出し、情けなくて、嗚咽を始めて座り込んでしまった。
男性はその姿を見て慌てた。
「え? どうされたんですか? どうしよう。そこに僕の事務所があります。とにかく、少し休みますか? 女性もいるし怪しくはありません」
そして入ったのが、さっき見た『恋人屋本舗』だった。そして声を掛けたのは所長の中村だった。
「あれ、所長、どうしたの?その女性は?」部屋にいたフミが言った。
「いや、表でちょっと・・・」
「泣いてるじゃない! 己は、女性の弱った心につけ込んで、私がいなかったら悪さするつもりで・・・」フミが所長に詰め寄った。
「うわ、違います。誤解です」
「本当に違います。その方は私を助けてくれたんです」
由佳の言葉にフミが「そうか、まあ、そんな事はしないと信じてるけど」と言った。
「とても信じているようには思えない」所長がつぶやいた
「え?」
「なんでも無いです」
フミがお茶を出し、由佳も落ち着いたところで話を聞いた。
一通り話を聞くとフミが言った。
「非道いな」
由佳は話をすると、少し落ち着き、あらためて聞いた。
「ところで、ここは何の商売をされてるんですか?」
「デートクラブではありません。そう疑っていたでしょう?」中村が言った。
あっ、違うんだ。よほど、私、疑い深い目で周り見てたんだろうな、と由佳は思った。
そして壁の経営理念『依頼者の幸せの為に』を指さしながら、続けた。
「恋のお手伝いをして、依頼者に幸せになっていただく商売です。私は所長の中村です」
それを聞いて由佳は思った。
幸せに?
そんな事、簡単にできるわけが無い。
「だったら、私を幸せにしてください。お金は払います!」思わず由佳は言った。
所長とフミは顔を見合わせた。
「う~ん、由佳さんはどうしたいんですか?」
しばらく考えて言った
「玲二を取り戻したい」
フミが口を挟んだ。
「良くは知らないけど、あなたの話を聞く限り、そんな男、止めておいたら?」
「僕も、そう思います」所長が同調した。
それは、由佳もそう思った。でも、初めて本気で付き合ったのが玲二だったし、玲二以外の男性と付き合うこなど考えられなかった。
それにして、商売っ気が無いな、やる気あるのかな。と、思いながら言った。
「やはり、玲二を取り戻したいです」
フミも所長も今度は反対しなかった。
所長が「では・・・」と言って、仕組みを説明し始めた。
金額は決して安くは無いけれど、浮気調査で探偵社を使った事がある同僚から聞いていた額(まあ、依頼内容も違うけど)よりは低く、由佳でも払えそうな額だった。
進め方の説明もあった。
最初に対象者の調査をし、行動パターンと性格を把握する。
次にシナリオ(大抵は該当者が依頼者を好きになるような)を作り、それにそって、本舗の所員と依頼者が行動する。
当然、実際の行動には依頼者も入ってくるので、シナリオは依頼者も加わって入念に検討する。
長く付き合っているし、同じ会社なので、玲二の情報はかなり伝えやすかった。
いつも家を出る時間や仕事終わって会社を出るタイミングを教えて貰うだけで、かなり助かるんです、と所長は言った。
なるほど、それが判らないとかなり前からずっと待っていなければならないのか・・・。由佳は納得した。
一通り、段取りが決まると所長が言った。
「それでは『恋人奪還作戦』発動です」
「はい! よろしくお願いします」由佳が言った。
「頑張ろうね」フミが言った。
由佳はホッとしたら、お腹が空いていることに気がついた。
所長も食事はまだ取っていない、と言ったので、ずっと手に持っていた食材を使い本舗内にあるキッチンでサッと夕食を作って出し、フミも交え3人で食べた。
「ああ、美味しい」所長が言った。
「うん、上手だ。あんた良い奥さんになるよ。手際も良いし」フミが続けた。
良い奥さんかぁ。 それって、恋人としては魅力がないと言うことかな。
それを所長とフミさんに尋ねると、直ぐに答えが返ってきた。
「魅力が無いわけじゃ無い。魅力は男性の価値観でまったく異なるよ。あんたの様な女性を求める男性の方は間違い無く幸せになる気はするけどね」
シナリオは所長が作り一週間後に由佳も含めて確認することになった。
その間、会社では由佳が玲二の浮気を知っていることを知られないように、変わらず接すること。
あと、玲二からデートの誘いがあっても理由を付けて断り、会社以外、プライベートでは会わないこと、などが決められた。
その日、由佳は車で送って貰うことになった。
所長が送ります、と言うとフミが私が送るよ、と車のキーを掴んで由佳を出口に誘った。
「ちぇっ、ヤッパリ、信じて無いじゃないか・・・」
そのぼやきを聞きながら、二人は『恋人屋本舗』を出た。
第2話 恋人奪還作戦(前)完
第3話 恋人奪還作成(後)につづく
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