第20話 悲しい恋(後)

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第20話 悲しい恋(後)

(6) 何故、生きているのだろう。美咲は何度も思った。 生きている事がこんなにも苦しいことだとは思わなかった。 彰が亡くなってから、周りは腫れ物に触るように自分に接した。その気遣いはありがたかったが、同時に重荷でもあった。 『美咲のせいじゃない』何度もその言葉を聞いた。でも、後悔した。何度も、何度も・・・何度も何度も後悔した。 通り魔に襲われる前の日、吉祥寺のカフェ、アンバーへ行きたいと彰に甘えて駄々をこね、困らせた。そして当日、大幅に遅刻した。 彰は私を喜ばせようと、早く行って席を取ってくれていた。遅刻した私を責めもせず、ニコニコとして待っていてくれた。 私が我が儘を言わなければ、私が遅れなければ・・・。 朝、目覚める度に、これは夢に違いない、何度もそう思った。でも、直ぐに現実に戻され、そこからは、ただただ後悔と悲しみの時間が過ぎていく。 後悔の次に怒りが去来した。 次第に、何故自分がこんな目に合わなければいけないのか、と思うようになった。 彰と一緒の時は神も仏もキリストも信じて、クリスマスも初詣も除夜の鐘にも真剣に二人の幸せを祈った。 それも彰のいない世界では虚しいだけだ。 周りで楽しそうにはしゃいでいる人達が憎かった。 その喪失感と怒りは次第に犯人に向いていった。 彼奴(あいつ)さへ、いなければ・・・。 許せない。 絶対に許せない。 その怒りは復讐という気持を芽生えさせた。 もし、復讐できたなら・・・・、もし、殺すことができたなら・・・。 それが美咲にとって唯一の望みになった。 『彰を殺した犯人を私が殺す』それしか考えていなかった。 直ぐにでも死んでしまいたい。 憎しみだけが、『直ぐにでも死んでしまいたい』と思っていた美咲を生かし続けていた。 美咲はその決意を誰にも告げていない。邪魔されるのが落ちだ。 『彰さんはそんな事を望んでいない』 美咲の決意を知れば、絶対に誰もがそのようなありきたりな言葉で説得しようとするだろう。 当たり前だ。 彰がそんなことを望んでいる訳が無い。 これは彰の敵討ちでは無い。私の幸せを奪った男への復讐だ。殺さなければ、私が納得できない。納得して死ねない。 そいつを殺せば、今のこの重苦しい気持が晴れ、私は何の憂いも無く穏やかに死ぬことが出来る。 でも、犯人は未成年だったので、一切の情報が出てこなかった。どの様にして探して良いのか検討が付かなかった。 だから、本当は近寄りたくない吉祥寺の公園口側で、アルバイトをしている。事件を起こしたのだから。あの辺りに土地勘のあるヤツに違いない。 犯人は絶対にこの場所に戻ってくる、そう思っていた。 本当は毎日、朝から晩まで駅前に立ってって探したいが、そんな怪しいこともできないだろう。 弁当屋ならば色々な人が出入りする。それに道行く人も見られる。 ここならば、いずれ見つけることができるのではと思い、この場所で働くことを選んだ。 高校を卒業しここで働き始めて2年半のある日、スーツを着た一人の若い男性が入って来た。 美咲は「いらっしゃいませ」と言いかけて言葉が詰まった。 (7) 果物ナイフを買った事は覚えている。 正体不明の苛立ちと誰かに追い詰められる焦燥感。早く壊してしまわなければ・・・。 そう思って、井の頭公園の方へふらふらと歩いていた。 その時、横を少女が小走りに駈けていった。良い香りがした。 少女は若い男性のいるテーブルの前まで駈けていった。男性は少女の姿を認めると、読んでいた本を置き、にこやかに迎えた。 少女は、自分の姿を見せるように、左右に少し身体を振った。 何故この人達はこんなに幸せそうなんだ。自分はこんなに苦しんでいるのに。 そう思うと、ナイフを取り出し少女の方へ向かっていった。 あとは覚えていない。 男性の腹部にナイフが音もなく吸い込まれていった。ナイフというモノが、あんなにも抵抗なく、刺さるものだとは思わなかった。 驚くように自分の腹部をみる若い男性、その瞬間、一樹は我に返った。 一樹も驚いた様に立ち尽くした。若い男性が苦痛に顔をしかめながら、ナイフを抜いた。 血が吹き出て、周りから悲鳴が聞こえた。 若い男性がしゃがみこんだ。 「何てことを、どうしよう。誰か、誰か、救急車を呼んで下さい!!」一樹が若い男性の腹を押さえながら叫んだ。 周りの人は呆然と取り囲んでいた。 「お願いです。救急車を呼んで下さい!!」一樹がもう一度叫んだ。 それからしばらくして若い男性の力が抜けていくのは判った。若い男性が何かを呟いていた。 一樹は耳を近づけた。 「ミサキ・・・、ミサキ・・・」そう呟き、そして崩れ落ち、動かなくなった。 一樹は呆然としていた。何をすれば良いか、全く判らなかった。 『ミサキと呼ばれていたあの少女()に謝らなければ・・・』そう思い、少女が駈けていった駅の方へ向かっている時に警察官に取り押さえられた。 取り調べでは正直に全てを話した。自分をかばうつもりなど毛頭なかった。 寝られなかった。ナイフが若い男性の腹部に刺さる感触が何度も蘇った。 手に血の生ぬるい感触が蘇り、一日に何度も手を洗った。 自殺を図った。 最初は偶然早めに発見され失敗した。2度目、3度目は、自殺しないように監視されたので、ことごとく失敗した。 カウンセラーが呼ばれたが、状況は変わらなかった。状況が変わったのは、取り調べをしていた警察官の何気ない言葉だった。 「死にたいのか?」 「はい、生きていたくありません。生きているべきではありません」 「でも、君が自殺すると遺族はだれに怒りをぶつけたらいいのだろうね」 『そうだ、謝らなければ。まだ、謝っていない。謝っても遺族は自分を殺したいほど憎んでいるだろう。当然だ。殴られようが、蹴られようが殺されようが、遺族がそれを望んでいるなら、遺族の望みを叶えて上げたい。それから死ねば良い』 そう思った。 それからは、一切無茶をしなくなった。 判決は、親の過干渉による一時的な精神障害が認められ、そして、その後の殊勝な態度が認められ、2年の拘留と短かった。 拘留を解かれてからは、保護観察官と話し合い、親の影響を受けないように独り立ちした。 拘留中に中退し高校で不足している単位を大検で取得していたので、大学を受験した。 H大学だった。 拘留されていた分、少し遅れたが大学生活をスタートさせた。 成績が良かったので、無償の奨学金を得られた。 吉祥寺で、チェーン店のピザと寿司の宅配のバイトをした。空いている時間は、吉祥寺に行って大学の勉強をしながらUberEatsの配達員をした。 生活費は奨学金とそれらバイトの収入で賄った。毎日、勉強とバイトしかせず、生活も質素で、禁欲(性的な意味では無く、生活全部が)の生活だったので、周りからは仙人と呼ばれた。 もともと物腰が柔らかく静かな上に、そのようにストイックな姿は、学生の中でも反対に目立ち、何人かの女性からは交際を申し込まれたが、その都度、申し訳なさそうに丁重に断っていた。 一樹の中で、後悔と死にたいという願望が消えているわけでは無かった。一樹の心の中には、『自分が殺そうとしたあの少女に会いたい』という願いだけが残っていた。 会ってどうするのか? 『謝りたい。心から謝りたい』 許して貰いたいのか? 『そんなことは望んでない。ただ、会いたい。そして謝りたい』 謝ってからどうするのか? 『一目会えば、心置きなく死ねる。もし、その少女に、死んで欲しい、とでも言って貰えれば最高だ』 ネットで調べれば有象無象の情報が出てくるのは判っている。でも、そんな卑怯(本来表に出してはいけない情報のハズ)な手段は使いたくなかった。自分で探すと決めた。住んでいる国分寺では無く、吉祥寺でバイトをしたのは、色々な人に会えると思ったからだ。あの少女は吉祥寺で暮らしているに違いない。いずれ少女の家庭に届けることがあるのでは、少女に会えるのでは、と思ってバイトを始めた。 少女の家庭が洋食が好きなのか和食が好きなのか判らないので、両方のバイトに着いた。UberEatsはありとあらゆる料理を配達できたので、会えるチャンスが広がるのではと思い、ありがたかった。 そして、就職面接の後、入った弁当屋で少女に会った。 店に入った瞬間、声がけをした少女の言葉が詰まった「いらっしゃいま・・・・せ」 一樹は瞬間、あのときの少女だと直感した。あまりにも突然だったので、呆然として突っ立っていた。 二人はお互いをしばらく見つめ合っていた。 (8) 初めて一樹が美咲のいる弁当屋に入ってきたとき、二人とも、あのときの犯人だ、少女だ、と直感したものの、自信はなかった。 なので、一樹は確かめようと弁当屋に毎日(バイトが毎日あるので)通い詰めた。それは美咲にとっても好都合だった。そして、少しづつ二人の会話が増えていった。 元々、二人とも男女のお付き合いをするつもりなどなく、情報収集の為に会うだけなので、玲奈や啓治がデートに同席するのは助かった。 美咲は玲奈には申し訳ないと思った。玲奈は真剣に自分の事を心配してくれている。そして、一樹が自分を救ってくれると信じて、なんとか付き合わせようと一所懸命だ。裏切っている感じがして申し訳なかった。 二人とも、直感が確証に近づくにつれ、相手の状況を理解しようと、すこしづつ、玲奈や啓治から離れて、お互いがお付き合いをするような芝居をした。 一樹の方が気持ちの機微に繊細だった。 美咲に復讐の決意があることを感じ取り、自分を油断させ、タイミングを計って復讐を決行するために、付き合うような芝居をしているのだと解っていた。 美咲は次第に化粧をし、服装も変え、とても綺麗になっていった。その変化は玲奈を喜ばせた。一樹を試すように我が儘も言ってみた。そのような我が儘にも一樹は常に優しく寄り添った。 美咲はその優しさに戸惑った。 確証が揺らいだ。 『本当にこの人なのだろうか』 その気持ちを察した一樹は、あるとき美咲に短いLINEを送った。 「美咲さんに言っておかなければいけない事があります。僕は、昔、吉祥寺で人を殺した事があります」と打ち明けた。 そのLINEが既読になり、3日してから、美咲は一樹を井の頭公園のデートに誘った。 デートはまるで一樹の告白が無かったかのように、いつものように、穏やかに始まった。 その日のデートは、たわいない普段のおしゃべりから始まった。まるで、一樹の告白を聞いていなかったような美咲の対応だった。 二人寄り添い、井の頭公園へ向かい、動物園に寄り、弁財天でお詣りした。 そして池の南側を歩いている時に激しい夕立があった。 二人は近くの茶屋でその雨をやり過ごした。 雨が止み、残りの池を回り込むように二人並んで歩いた。 その時、美咲が言った。 「5年前、一樹さんが私の恋人を殺したのですね」 「はい、私が殺しました」 「私のとても大切な人でした」 すみませんでした、という言葉を一樹は呑み込んだ。今、謝罪すると美咲の決心がゆらぐのではないか、と思ったのだ。代わりに、彰の最後の言葉を伝えた。 「彼にとっても、美咲さんはとても大切な女性(ひと)だったと思います。あなたの名前を呼びながら亡くなりました」 「そうでしたか」美咲は涙した。そして続けた。 「私は一樹さんを殺さなければいけません」 「はい、承知しています」 「ロープを持って来ました」 「はい、判りました。お願いします」 散歩道の木陰にベンチがあった。 「僕はあのベンチに座ります。後ろからなら、締め易いでしょう。幸い先ほどの雨で人影も見えない」 「はい」 そうして、濡れたままのベンチに一樹が座った。 美咲も、濡れるのも構わず横に座った。そして、ゆっくりとロープを取り出した。洗濯干しなどにつかう直径5ミリ程度のロープだ。 「美咲さん、ロープを手のひらに巻き付けた方がスベらなくていいと思います」 美咲は言われたとおりロープを手のひらに巻き付け。一度両手でピンと、確かめるように引っ張ってみた。そして両手でロープを持ち、ゆっくりと立ち上がり、一樹の後ろに回った。 一樹は真っ直ぐ前を向き座ったままだ。美咲はゆっくりとロープを一樹の首に巻き付けた。 「美咲さん、ありがとう」その一樹の言葉を聞いて、一樹からは見えないだろうが、美咲は頷いてから力一杯ロープを引っ張った。 (9) 「黙って見てろ!」低く、有無を言わせない口調で啓治が言った後で、続けた。 「美咲ちゃんは絶対に一樹君を殺さない」 でも、絶対にというのは確信では無く希望だったのだろうと玲菜は思った。啓治は緊張のあまり玲奈の手首を掴んだ手に思い切り力が入っている。 「啓治さん、痛い・・・」 「ああ、すまん」気がつき啓治は玲奈の手首を離した。しかし、代わりに両手を強く握りしめている。 呻くように言った。「頼む・・・(止めてくれ)」 その言葉が届いたのか、美咲がロープを引く力を緩めロープがダラリと下がった。それを見て、啓治が「フウッ」とため息をついた。 「玲奈、行っていいぞ」 「美咲!!」玲菜は大きな声を掛けながら、美咲に駆け寄り抱きついた。 美咲は力なく呆然と立ち尽くしていた。 「美咲さん、どうして・・・」一樹が声を掛けた。 美咲は黙ったままだった。 美咲が諦めたのを悟って一樹が言った。 「美咲さん、本当にすみませんでした」一言だけの謝罪だったが心底の言葉だと解った。 美咲は、それには応えず泣き崩れ、呻くように呟いた。 「5年間、待って、探して来たのに・・・」 なぜ途中で止めたのか、自分で戸惑っているようだった。人を殺してはいけない、という倫理的な壁や、逮捕されるという社会的な壁はすでに越えている。 (つまり『殺してもいい』と思い、『捕まってもかまわない』と覚悟している)なのに、止めてしまった自分に戸惑っていたのだ。 その、自暴自棄にも似た(うずくま)りと呻きに、駆け寄った啓治と拓也も心配で取り囲んだ。 取り囲んでも声を掛けられなかった。掛ける言葉が無かった。 玲奈が美咲の肩を抱きながら手を強く握った。美咲が握り返してきて、少し落ち着いたようだった。 「あれ、一樹君は?」啓治が気がついて言った。 見ると、一樹は離れた井の頭公園から上がる階段を駈け上っていた。 「マズい!」啓治と拓也が同時に叫んで追いかけた。 啓治は歳を感じさせない走りで拓也と併走した。 「どこだ(と思う)?」啓治が拓也に訊いた。 「おそらく駅」 「同意だ」 美咲と玲奈も、訳が分からないままに啓治と拓也(つまり一樹)を追いかけた。 途中美咲は、拓也が走って飛ばした帽子を拾って追いかけた。 走りながら、拓也と啓治は携帯を繋いだ。恋人本舗では、このような場合、携帯を繋いだままにして、周りの音も含めて、常に情報を共有することになっていた。 マルイの横を駆け、井の頭通りを渡り、吉祥寺駅へのエスカレータを駆け上がった時には、一樹は既に改札の中にいた。 特快が通過するアナウンスがあった。 「いかん! 来るぞ」 人混みで、一樹の姿を見失ったが、中央線のホームに違いなかった。 「拓也、右だ」少し前を走る拓也に啓治が声をかけた。 拓也は右に曲がり(エスカレータが下りだったので)ホームへの階段を駈け上った。 ふっと、振り返ると、啓治がホームへの上りのエスカレータを駆け上がっていた。 「くそ、あのオヤジめ」 悪態をついているヒマは無かった。ホームに駆け上がって前方(新宿方面)を探した。 一樹はいなかった。 その時「後ろにはいない!」啓治から連絡が入った。 「前もいません。真ん中だ」 通過する特快がホームにかなりのスピードで入ってきた。 一樹がホームの真ん中でタイミングを見計らっているのが判った。そしてホームの真ん中から線路に向かって走り始めた。 電車に飛び込もうとしている一樹を認めて、周りから悲鳴が上がった。 啓治の方が一樹に近い。 跳びかかって止めようとしたが、わずかに届かず、伸ばした手が空を切った。 拓也が思いきり、一樹の足をめがけてタックルするように飛び込んだ。 足首を掴めた。 足首を掴まれ一樹が転け、電車に接触する寸前で止まった。 ホームに転がっている二人の上に、啓治が覆い被さって抑え込んだ。 飛び込もうとしている姿を見て、特快が急ブレーキをかけた。 電車は、2両を残し、ほぼホームを通過しかけた付近で止まった。 大きなブレーキ音と共に止まった電車にホーム上は騒然となる。 その時に、ようやく玲奈と美咲が追いついた。 啓治は一樹が無茶をしないと判断して、身体を離した。拓也はまだ、横たわったまま一樹の足首を掴んだままだ。 息を切らせながら近づいた美咲が、前のめりに転んで呆然としている一樹に(ひざまず)く様に寄り添い、そして、背中の肩の辺りに顔を埋めた。 「生きていて良かった・・・・」美咲は泣き声で呟いた。 拓也が足首から手を離し立ち上がった。 啓治が片膝を着いて一樹に近づき言った。 「一樹君、(自殺を)邪魔して悪かったな。確かに、死んだ方が楽かもしれないが・・・、死ぬつもりなら・・・・死んだつもりで美咲さんを幸せにしてみないか。それが本当に君がやるべきことじゃないのか」 「・・・」 「もし、幸せに出来無かったら、その時に死ねばいい」 そんな事(一樹が生きて美咲を幸せにすること)を美咲が許してくれるのだろうか? 一樹は、不安げに美咲を見た。 美咲はそれに応えるように、一樹の手をしっかりと握った。 「どうずれば、美咲さんを幸せにできるのでしょうか」 「それは自分で考えなきゃ。一樹さん」拓也が言った。 本来なら恨まれている相手を幸せにするなど、並大抵な努力では無理だろう。でも、一樹の頑張りならきっとできる、そう思った。 拓也のアクアスキュータムのトレンチコートは滑り込んだので、コート生地がすり切れ、ボタンが割れていた。 「折角のコートが台無しだね」玲奈が言った。 「こういうのは、少しぐらいクタクタの方が良いんだよ」 駅員が慌ただしく近づいてくる。 「怒られにいかなきゃ、啓治さん」 「お前に任せるよ」 「オッサン!!」 「冗談だよ。行こうか」しかたがないなぁ、と言うように啓治が言った。 「拓也、これ」玲奈が拓也の落としたフェドラハットを渡した。 「ああ、ありがとう」そういって、少し斜めにかぶった。そして、コートの誇りを払い、ベルトを締め直した。 「格好いいよ、拓也!」玲奈が言った。 「当然だ」拓也が笑った。 ・・・・・ 一週間後、谷中の恋人屋本舗。 玲菜が啓治に声を掛けた。 「啓治さん、なぜあの時(美咲が一樹の首を絞めたとき)止めに行かせなかったの」 「うん・・、美咲ちゃんの気持ちをずっと考えてたんだ。おそらく、誰かに止められたら、彼女の中で何も解決してないから、いずれ機会を見て同じ事をする。彼女自身が一樹君への復讐を止めなければいけないんだよ」 「でも、美咲、あの後とても困惑していた」 「彼女の意思は明確に『殺す』だ。5年間もそれだけを考えてきたのだから。でも、彼女も気づいていなかった心の中の気持は『殺したくない』だったんだよ。だから本能的に殺すのを止めた。殺さなければいけないのに何故、止めてしまったのか判らず困惑したんだ。それで、その後、二人はどうなんだ」 「なんだか、不思議。あまり話せてないらしいの。お互い敬語で話してる。まるで、初めて出会ったみたいにぎこち無いの」 「あの二人が付き合うには、お互いに大きな我慢と自制が必要だ。とても大変だと思うよ」 「でも、お互いを想う気持があれば・・・」 「その通り。乗り越えられる。二人には幸せになって欲しいな」 「うん。幸せになって欲しい」 完
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