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第4話 告白
梨沙から、メールが来た。(LINEは既に削除していた)
拓也は、土曜日の今日も、相変わらず恋人屋本舗に出勤(?)していた。
梨沙は会いたいと言う。 さて、どうしたモノか・・・。
1ヶ月前までは、恋人として付き合えるのではと期待していた。
3週間前には、その夢破れ(仕事での挫折もあり)自殺までしかけた。
そして1週間前、会社を辞める時(実際には有休の消化期間に入り、出勤しなくなっただけ)には、言葉も交わさなかった。
「どうしたんですか?」 スマホを見ながら考え込んでいると、由佳が声をかけてきた。
由佳は恋人屋本舗のスタッフではないのだが、よく事務所に遊びに来ていた。宣伝のための恋人屋本舗のチラシ配りにも協力してくれるので助かっていた。
「元カノからのメールですか?」鋭い!
ただ、ちゃんと付き合っていた訳では無いので、元カノでは無く、元カノになって欲しかった相手だ。
その声につられて、所長、フミ、玲奈そして啓治まで興味深げに「どうした?」と集まって来た。
「何、集まってるんですか。みんなヒマなんですか?」
「ヒマだよ。ヒマでなければ、こんなに天気の良い土曜日にこんなとこ来ないよ」玲奈が言った。
事務所の2階から見える谷中銀座とよみせ通りはすごい人出で賑わっていた。
「啓治さんも、こんな所に来ていて良いんですか?ご家族は?」少し抗議して言った。
「俺を除いて、みんな遊びに言った」
「・・・」
「気にすることは無い。良くある話だ」
「何だか、結婚に夢持てなくなりますよね」と玲奈。
「夢は夢、現実は現実、良いものだよ、結婚は」
「全く説得力がない」
「それで、どうしたんだ?」
・・・・・
拓也は、大手メーカーに勤めていた。 そこで自動車向けの燃料制御装置を開発していた。
ある時、拓也が開発している技術と運転制御の技術を組み合わせると、飛躍的に経済性と安全性が向上するのではと思いつき、同僚で出世頭(係長になっている。拓也はまだ平社員)の斉藤に話をした。
斉藤は、そのアイデアを認め、プログラムの開発を勧めてくれた。嬉しかった。
邪魔が入るとマズいので、しばらく二人で秘密裏に開発を進め、具体的に実現出来そうなら、新規事業企画として発表しよう、と言われた。
拓也は日々の作業が終わった定時後に、開発を進めた。斉藤とは、それ以降も機能や仕様について時々話し合った。
ある日、夜一人で残って開発している時に、忘れ物を取りに来た早川梨沙が声を掛けてきた。
「鈴木(拓也の名字)さん、こんなに遅く何をしているんですか?」
「ちょっとね」
「仕事大好きなんですね。女の子とはお付き合いしないのですか?」そう言って近づいて来て、拓也のPCをのぞき込んだ。息がかかるほど顔が近づき、拓也はドキドキした。 梨沙は少し酔っていた。
梨沙は同じ部署の後輩だが、アイドル的な顔立ちで、皆から可愛がられていた。そして、拓也からすれば高嶺の花で、眺めるだけの存在だった。
ところが、その梨沙と、その時の会話をきっかけに少しづつ親しくなった。完成に近づくプログラムのシミュレーション画面を見せると「凄~い」と言って、驚いてくれた。それが嬉しくて、さらに開発に力が入った。
梨沙に「仕事をしている拓也さんって、素敵。好きになってしまいそう」と言われ舞い上がった。
拓也は仕事と梨沙との付き合い(と言っても、まだ、キスどころか手も握っていない)でとても充実していた。
半年後、プログラムはほぼ完成した。
シミュレーション画面を見ながら、斉藤が言った。
「なかなか、良い出来だよ」
「でも、まだ少しバグが残ってるんだ」
「いや、これで十分だ」
ただ、斉藤とはこれからの進め方で意見が対立していた。
「まあ、木曜日の夕方には帰ってくるから、その時また話そう」翌日から3日間の盛岡出張を控えている拓也が言った。
木曜日の夕方、拓也が出張から戻ると、社内が少しざわついていた。その日の取締役会で、新規事業企画が承認され、正式にプロジェクトが発足したと言う。取締役会でも結構期待された新規事業らしい。
だが、社内ポータルに公開された資料を見て驚いた。拓也が開発していたプログラムをベースにした企画を斉藤が発表していた。拓也は発表資料など見たことも無い。斉藤が拓也には黙って準備していたに違いない。
『勝手に発表しやがって!』拓也は腹を立てた。 真意を確かめようと電話をしたが、通じなかった。 腹を立てながら、自席に戻り自分の端末を確認すると、なんと、開発していたプログラムが綺麗に消されていた。
何が起こっているんだ?
金曜日、ようやく斉藤を掴まえ詰め寄ったが、相手にされなかった。
「いいか、仕事にはタイミングがあるんだよ。趣味でやってるんじゃ無い。お前のようなやり方では、時期を逃す。この事業はお前には無理だ。あとは俺がやる。お前はもういいんだよ」
アイデアを出したのは自分だ。 開発したのも自分だ。 なのに開発が終わればお払い箱? ムカついた。 これは自分が開発したものだ、と主張したが、証拠はあるのか、と返された。
手元に何も残っていない。秘密裏に開発していたので、周りも知らない。 でも、梨沙がずっと見ていてくれた。彼女が証言してくれるに違いない。
そう思って「会って欲しい」と連絡を取ろうとしたが、無視された。気がつくと、そのプロジェクトに梨沙の名前が載っていた。
その後、斉藤と梨沙が付き合っているという話が拓也に伝わってきた。 梨沙は技術者の自分を理解してくれていると思ったのに、結局は華やかな斉藤がいいのか。斉藤に仕事の成果も好きな人も取られてしまった、そう思っていた。・・・。
頑張ってもどうせダメなんだ。いや、頑張ったからダメなんだ。開発しなければ盗られなかった。好きにならなければ、梨沙が誰と付き合おうと関係なかった。 頑張らなければ良かった。
でも、これからの人生、ただ、時間をつぶすだけなら、あまりにも長すぎる。そう思うと、全てがむなしくなった。
・・・ので、永代橋から飛び込もうとした。
一通り話を聞いてから啓治が言った。
「それは、典型的に騙されてるね。斉藤という人は最初から拓也君を利用するつもりだったのだろう。ところで、フォルダーにパスワードかけてたんだろう。なぜプログラムが消せるんだ?」
「判りません」
「(パスワード)誰かに教えたか?」
「いえ、誰にも・・・、あッ」確か梨沙がログインする時にのぞき込んでいたことを思い出した。
「でも、まさか・・・」
「梨沙さんか? 甘いんだよ拓也君は」啓治が察して言った。
「馬鹿なんだよ、拓也は」前から事情を知っていたフミが言った。
「甘いとか馬鹿とか言わないでください。自覚してるんだから」
「こんなんで、世の中生きて行けるのかね」
「だから、死のうとしたんじゃないですか」
「まあ、理屈は合ってる」納得したようにフミが言った。
「悪いのは拓也さんではありません。騙す人です」由佳が抗議するように言った。
それを聞いて、所長とフミが顔を見合わせ意味ありげに微笑んだ。
「で、どうするの?」玲奈が訊いた。
「会ったほうが良い」啓治が言った。
「え?」
「逃げない方が良い。何故会いたいと言っているのか判らないけど、拓也君の中で決着を付けろよ」
その言葉で会うことにしたが、由佳が不満げだった。
結局、その日の15時に青山の「Royal Garden Cafe青山」で会うことになった。
上昇志向の強い斉藤は拓也からアイデアを聞いた時に、直ぐに新規事業企画として発表しようと思いついた。今、会社では事業の停滞を打破すべく新規の事業企画を求めていた。出世のチャンスだ。
ただ、拓也には開発してもらいたいが、邪魔だった。あんな、愚直で応用の利かない技術者は必ずブレーキになる。
だから、開発だけさせて後は他の技術者で引き取れば良いと思っていた。ただ、機嫌良く開発はさせなければいけないので、自分の恋人である梨沙を使って、拓也が喜んで開発を続けるようにコントロールしていたのだ。
ところが、拓也のプログラムを横取りして立ち上げた新規事業プロジェクトだが、拓也が言っていたバグが発覚し、それを収束できずに困っていた。
プロジェクトメンバーの技術者が解析したが、どうしても解明できなかった。それが原因で、プロジェクトが遅延しており、斉藤は焦ってた。自分が経営層から評価されるかどうかの瀬戸際だ。
そこで、もう一度梨沙を使おうと思い、嫌がる梨沙を説得して、拓也にコンタクトさせた。
拓也が「Royal Garden Cafe青山」に着くとテラス席に梨沙が座っていた。
「拓也さん、なんだか雰囲気変わったね」
服装が変わったのもあるが、由佳の案件での経験が少しだけ拓也を変えていたのは確かだ。
梨沙は拓也が会社を辞める為の有休消化期間だと言うことを知っていた。
梨沙は『辞めるんですか? せっかく、拓也さんほどの技術者が勿体ないですよ。よければ、私から話しますのでプロジェクトに参加しませんか』と誘った。
拓也が渋っている(と言うよりも、興味が無い、とハッキリ言った)と、梨沙は、自分は優秀な技術者としての拓也が好きだ。また、前のようにバリバリと仕事をしている姿を見せて欲しい、とも言った。
そして、テーブルの上で拓也の手に手を重ねて「ねえ、お願い! 一緒に仕事しましょうよ。私、拓也さんの力になります」と言った。
女性に手を握られたことなどあまり無いので、しっとり柔らかい手の感触がなんて気持ちいいのだろう、と思っていると、テーブルの横に人の気配がした。
見上げると由佳だった。
「由佳さん!」拓也は慌てて手を引っ込めた。
「梨沙さんですよね。拓也さんを陥れるような真似は止めていただけますか?」
梨沙は驚いた表情で由佳を見ていた。
「奥にいる人、斉藤さんという方ですよね。拓也さんが来る前、斉藤さんから『拓也を説得しろ』と言われてたじゃないですか。あなたが、『あの人、退屈で面白くない、ようやく、会わなくて済むようになったのに』と文句言ってましたよね。隣に座っていたのでよく聞こえました」
「あなたは?」
「私は高橋由佳。この人の恋人です」
「え?」と言ったのは梨沙では無く拓也だった。
「行きましょう。拓也さん」
そう言って、拓也の手を引っ張った。
「あっ、コーヒー代を」拓也がそういって財布を出そうとすると、由佳がすかさず千円札をテーブルに置いた。
そして、そのまま神宮外苑の銀杏並木の方向へ引っ張るように拓也を連れ出した。
引っ張られながら拓也がしどろもどろに言った。「さっきの話・・・」
それには答えず「拓也さんさん、あなた馬鹿なの?」由佳が少し怒りながら言った。
「フミさんにも言われた・・・、馬鹿は否定できないかも」消え入るような声で応えた。
「とにかく、騙されやすいんだから、気を付けてください。見てられない」
「はい、すみません」何故か謝っていた。
「それで、何故ここに?」
「歌舞伎町では、拓也さんも私の事で動いてくれたでしょう? 今度は私が助ける番だと思って、少し先に来ていたの」
「で、その・・・恋人・・・」
由佳はス~っと息を吸ってから言った。
「不満ですか?」
「いえ、光栄です!」慌てて言った。
由佳は立ち止まり拓也と向き合った。
「本当に?」
そして、少し間を置いて言葉を続けた。
「あのね、玲二が歌舞伎町で浮気しようとしているのを見たとき、腹が立ったけど全然ショックじゃなかった。咲希の時は自暴自棄になるぐらいショックだったのに。色々考えたけど、拓也さんの存在のおかけだと思ったの。『今度は私が助ける番だと思って』というのはウソ。今日、恋人屋本舗で拓也さんが梨沙さんと会うと知って、胸がキュンと痛くなって・・・。私、嫉妬したんだと思う。拓也さんの事が好きなんだと思う。だからほっておけなくて」
それは拓也も同じだった。あんなに好きで自殺まで考えた梨沙に声を掛けられても、今日は冷静だった。以前なら、梨沙にプロジェクトへ誘われたら間違いなく参加している。冷静でいられたのは由佳の存在があったからだ。
「あの・・・、付き合ってくれると言うことでしょうか?」一応恐る恐る聞いてみた。
「女性にここまで言わせておいて、今更、何を言ってるの? 鈍感ねぇ」
「いや、僕でなんかで良いのかなと思って」
「世間知らずで、頼りなくて・・・、ちょっとおオタクっぽくて、ダサい?」
「うん・・・」そんなに言わなくても。
「でも、純粋で、一途で、優しい・・・、私が求めているモノ全てを持っているわ」
「そう・・・なんだ」拓也は嬉しかった。
「こうやって、拓也さんを引っ張るの2回目ですね」
「うん、本当だね」前に歌舞伎町でも引っ張られた。
「でも、これからは、ちゃんと拓也さんが引っ張ってくださいね」
「はい!」
「ところで、さっき、梨沙さんに手を握られて嬉しそうでしたよね」
やはり見られてた・・・・。ここは正直に謝ろう。
「ごめんなさい。正直、今まで女性に触られたことなどほとんど無く、その・・・手を握られて気持ちいいなぁ、と思ってしまいました」
その言葉を聞いて、由佳は拓也に抱きついた。 拓也は驚き、そして胸に感じる由佳の胸の膨らみに思わず興奮した。由佳はわざと胸を押しつけてきている気がする。
「どうですか?」
「その、胸の膨らみが、とても、気持ちいいです」
「梨沙さんの手の感触忘れられそう」
「もう、忘れました」
由佳は笑いながら、拓也の首に手を回し、拓也の唇をたぐり寄せて、キスをした。そして、舌を拓也の口に入れて拓也の舌に絡め、軽く吸った。
拓也は舌を絡めるキス自体初めてだったので、驚くと共に、キスがこんなに気持ちが良いモノだったと初めて知った。本当に梨沙が手を握った感触など、どこかに消えた。
あまりの気持ちよさに少し腰が砕けそうになった。
それを察して、由佳が唇を離した。
「拓也さん、私を大切にしてくださいね」
「します、します! 絶対に大切にします!」
その言葉を聞いて、由佳がもう一度抱きついて言った。
「抱きしめて・・・」
拓也は初めて女性を抱きしめた。
・・・・
『逃げない方が良い。何故会いたいと言っているのか判らないけど、拓也君の中で決着を付けろよ』啓治の言葉が蘇った。
全くだ。 自分はいつも流されていた。何かを決めることから逃げていた。もう逃げるのは止めよう。 由佳を手放したくない。そう、思うと、なんだか、恋人屋本舗に連れてこられてから、自分が生まれ変わったような気がした。
フミが言っていた『ここは良い仕事をするんだよ』という意味が少し判った気がした。
夕方の5時前に二人で恋人屋本舗に戻ったら、まだ皆が残っていた。
ホント、みんなヒマなのか。 と思ったらなんと、皆が拓也のことを気にして(いや、単に興味本位かもしれない)待っていた。
梨沙との待ち合わせ場所を聞くと、拓也よりも早くソッと出て行った由佳を見て、成り行きを心配していた。
「何故、(私が青山に向かったと)判ったのですか?」
「拓也や由佳さんにはまだ判らないだろうけど、恋に関する仕事をしていると、仕草だけでどれほど真剣かよく判るんだよ。別にキューピットになるつもりなど無い。でも、拓也は由佳さんの事を真剣に考えていたし、由佳さんも途中から拓也のことを想っていたでしょう。自然な成り行きだよ」啓治が言った。
「まあ、これで『由佳さんを幸せにする』という案件、本当に完了だな。由佳さん、本当に拓也でいいのかい? 別の誰かを紹介しようか?」
「止めてください!」拓也が即座に大声で断ったので、皆に笑われた。
「冗談だよ。まあ、あらゆる面でお似合いだよ。二人は」所長が言った。
「ところで拓也これからどうするんだい。恋人屋本舗の収入などでは生活できないだろう。付き合うなら、そこはしっかりしないと」啓治が言った。
「私、収入あるのでしばらくなら何とかなりますけど」由佳がそう言ったら、所長とフミが同時に「それはダメだ」と断言した。
「せめて自分の食い扶持ぐらいは自分で稼げ」フミが続けた。
「それは判っています。まあ、とりあえず来月末までは有休消化期間なので、収入はあります。再来月からですね」
「拓也、ウチの会社で働くか? 人事に掛け合ってもいいよ」
「ありがとうございます。でも、どうも僕は組織には馴染まないかもしれません」
「確かにな。優しすぎるんだよ。ただ、ここで言っている優しさは良い意味で言ってるんじゃない。悪い意味での優しさだ」
「なんとなく判ります」
「人間、通常は集団の中で生きていくんだ。それが苦手なら、それなりの覚悟をしないとダメだぞ。厳しい言い方だけれども」
「ええ、感覚的にですが、それが判ってきました。少し考えてみます」
「提案だが、君が作ったプログラムをもう一度作ってみないか? もし、良いモノならウチで採用を検討してもいい」
「あっ、是非!」
「ただ、君の今の会社からの盗用になるのはイヤだ。別のモノとして作れるか」
「大丈夫です。機能的にはより優れたものにして、コードも全く別のものにします。アジャイルで開発したので、今のコードは結構ひどいままです。落ち着いたら作り直そうと思っていたので」
「よし、それで上手くいくなら、まずは個人事業主として独立すればいいさ」
「由佳さん、1ヶ月待ってください」その言葉に由佳は大きく頷いた。
それからの1ヶ月、拓也は不眠不休で開発に取り組んだ。
試行錯誤して固めていた(斉藤に盗られたプログラムの)機能と問題点は頭にたたき込んでいるので、とてもスムーズに開発できた。
何せ、これが上手くいくと由佳と一緒になれると思うと、仕事というモノがこんなに面白いのかと感じるぐらい充実していた。
1ヶ月後、そして、会社を正式に退職して1週間後、出来上がったプログラムを恋人屋本舗で啓治に見せた。由佳も含め、皆も集まっていた。
啓治は腕組みして拓也の操作するシミュレーション画面を見ていた。はっきり言って、由佳(だけでなく啓治以外の皆)にはまったく何が良いのかは解らなかった。
「どうなんだよ、啓治さん」フミがしびれを切らして言った。
「ウム・・・」
「ウム、じゃない。どうなんだと聞いてるんだよ」
「うん・・・素晴らしい!」
おおっ、というどよめきが起こった。
「拓也君、契約の話をしよう。会議室借りるよ、って無いか、ここには会議室など。外へ行こう」
そう言って、よみせ通りにあるカフェ『CHI-ZU』に向かった。
そこで啓治から提示された額は、拓也にとっては十分な額だった。その上、著作権は拓也に残し、独占利用権で良いと言ってくれた。さらに、開発したプログラムの保守料という名目で毎月固定の費用を支払ってくれる事になったので、拓也は元の会社にいる時よりも生活が遙かに豊かになった。
ただ、啓治はしっかりと釘を刺した。
「拓也君、個人事業主なのだから自分が必要とされなくなれば、たちまち収入は無くなる。だから、常に魅力あるものを作り続けなければいけない。誰かに指示された事をすれば給料がもらえる会社員とは違うんだ。日々、真剣勝負なのを忘れずに」
今、瞬間は良くても数年後は解らないぞ、と言っている。だから頑張れと。
「はい、解りました」
「由佳さんの為にも、頑張れ」
「はい!」
「ところで、恋人屋本舗のスタッフは続けるのかい?」
「ええ、続けるつもりです」生活に困らなくなっても辞めるつもりは無かった。 そう答えてから、何故、他のスタッフが辞めずにいるのか判った気がした。
「それがいい」啓治がしみじみ言った。
恋人屋本舗に戻って来て、拓也は由佳に言った。
「由佳さん、住むところを探します。一緒に暮らしませんか?」
パッと由佳の表情が緩んだ。
「嬉しいです!」
拓也が、幸せ過ぎて怖い、そう思った瞬間だった。
第4話 告白 完
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