第5話 童貞の彼

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第5話 童貞の彼

由佳にとって、童貞の男性と付き合うのは初めてだった。 拓也が言いだしにくそうにそれを切り出した時、正直、驚いた。最初は冗談かと思った。 本人、(いわ)く「童貞を守りたかった訳じゃない。機会が無かっただけ」らしい。 由佳は、高校生の時の初体験から今まで、セックスの相手は常に相手の方が経験豊か(そして、常に相手の方が歳上)だったので、すべて男がリードしてくれ、自分はされるがまま、そして()われる(たとえばフェラなど)がままに動いていてば良かった。 由佳はそれまで何となく、(童貞含め)経験少ない男の方がセックスにガツガツしていて、経験豊かな男の方がセックスに対してはゆったり構えているのかと思っていたが、そうでは無いようだ。 経験豊かな男性は、相手は選ぶものの基本的には『女という生き物は望めばセックスできるもの』と思っているから、遠慮無くアプローチ(当然、セックス目的に)してくるのに対して、経験少ない男性は女性を少し神格化し、滅多に触れてはいけないものと思い、遠慮するらしい。拓也もそうだった。 処女と違い、童貞なんて見分けが付かない。しかし、拓也との最初のセックスの時のぎこちなさを見ると、疑い様が無かった。 よく考えれば、そもそも30歳にもなる男が、態々(わざわざ)童貞だと言っても何のメリットも無いのだから、嘘をつく理由はない。 玲二と激しいセックスをしていた由佳にとって、拓也との最初のセックスは、とてももどかしいものだった。 少なくとも性欲の面から言えば、ほとんど何も解消されなかった。 だからといって、不満かと言えばそれは違う。 拓也とのセックスで、セックスというのは躰の快楽だけでなく、精神的な充足も含め満足度が決まるものだと解った。 拓也は由佳の乳房をそっと抑えるように触る。 本当は、もっと乳房の下の方から揉みしだくように触って欲しい。乳首を少し強めに摘まんで欲しい。 股の間に指を恐る恐る入れて、壊れ物に触るかのように、慎重に指先で()でる。 本当は、もう少し激しく、そして、その上の敏感な所を振るわすように触って欲しい。そして、少し由佳の中に指を入れて壁の上を掻くようにして欲しい。 由佳の中に入ってきた時は、30秒もしないうちに拓也が逝ってしまった。 『おやおや、欲求不満になるかも・・・』由佳は心の中で(表情には出さず)苦笑いした。 でも、呆れた訳でもイヤな訳でも無い。 由佳の胸の柔らかさに感激し、股の間に沈む指の感触に驚いた様に息を呑み、そして由佳の中で果てた時に由佳を離すまいとするかのように力一杯抱きしめる拓也を、由佳は(拓也の方が歳上だけれども)とても可愛いと思った。 拓也に抱きしめられながら、由佳も拓也の背中に手を回して抱きついた。 この人は私を大切にしてくれる。由佳は、そう思うと、彼のモノを受け入ている感触を感じながら、幸福感で満たされた。 一度、(拓也とまだ付き合っていない頃)恋人屋本舗でフミに『いい男(付き合うべき男)』の条件を訊いたことがある。 「私に対して一途な事、私の事を尊重(大切に)してくれる事、そして、周りに対して優しいこと」と即答した。それ以外は些細なことだよ、と付け加えた上で、由佳の近くにもいるよね、と言った。 その時は気づかなかったが、フミは拓也の事を指していたのだと、今なら判る。 それ以外は些細なこと。そうかも知れない。でも、30秒は何とかして貰わないと・・・・。 そんなことを考えていると、拓也が言い出しにくそうに言ってきた。 「あの~、もう一回いい?」 「もちろん、大丈夫ですよ」 その言葉を聞いて、拓也は安心したように由佳を引き寄せた。 そして、由佳の膝の下に手を入れ、少し持ち上げるように由佳の足を開いた。 由佳の足がM字に大きく開き、秘部も露わになる。拓也はそこに自分のものを(あて)がい、グッと入れてきた。 「ああっ」気持ちよさに声が漏れる。 この人も、こうやって女性の抱き方を覚えて行くんだろうな。そう思うと、楽しみなような残念なような、複雑な気持ちだった。 今度は4分は持った。 ・・・・ 啓治の会社と契約して余裕のできた拓也は、千駄木に2LDKのマンションを借りて由佳と暮らし始めた。日暮里から谷中銀座を通り、よみせ通りにある恋人屋本舗を横目で見ながら、忍ばず通りの方面に少し進んだところだ。 駅は地下鉄(千代田線)の千駄木が近いが、由佳は日暮里まで歩いてそこから山手線で池袋の会社に通った。 広い部屋を二人の寝室にして、狭い部屋を拓也の仕事部屋にした。 由佳は広い部屋を拓也の仕事部屋にと思ったが、拓也は二人が一緒に時間を過ごす部屋を大切にしたいから、と言った。 それに、仕事の半分は恋人屋本舗でするから、とも。(実際には、『ほとんど恋人屋本補で』だった) 事実、会社勤めでは無い拓也は、毎日、恋人屋本舗に来て、そこのデスクで自分の仕事をしていた。 「デスクの賃料取るぞ」所長はそう言ったが、「じゃあ、電話番しませんよ」と言われて撤回していた。 まあ、滅多に電話も仕事も無い恋人屋本舗だが、さすがに無人には出来ない。留守番役として、拓也は重宝していた。 朝食は拓也が作って、由佳を会社に送り出してから、恋人屋本舗に出勤(?)していた。 由佳が普通に帰られる時は、必ず恋人屋本舗に寄って、一緒に帰った。 数週間が経った。 掃除や洗濯も拓也が積極的にこなした。朝食も含め、由佳は自分がやると言ったが「余裕のある方がすればいい。今は、僕の方が時間的に余裕がある」そう言って、拓也が引き受けてくれた。 代わりに、由佳は夕食だけは自分の役割だと言って、譲らなかった。 由佳の同僚から、付き合いが悪くなったとクレームが出たが、由佳は同僚と遊びに行くよりも、家で拓也と寄り添いながらDVDを見ている方が楽しかった。 そして、拓也は由佳と出会うまでの時間を取り戻すかのように、週に何度も由佳を抱き、由佳もそれに応えていた。 由佳は拓也(とのセックス)にすっかり馴染み、玲二にどの様に抱かれていたのかも忘れた。 由佳は不思議だった。あれほど、濃密にセックスしていたのに、今は玲二にどの様に感じさせられていたのかも、まったく思い出すことが無い。 女性は、恋をする度に前の恋をクリアーして、毎回、初恋をしているのではないかと思う時がある。 今は、拓也との恋とセックスに夢中だ。 由佳には今度の拓也との恋が本物だという確信があった。どこかへ一緒に出かけても出かけなくても、セックスをしてもしなくても、とにかく一緒にいるだけで楽しかった。 恋人屋本舗の仕事も無く平穏な日々(仕事が無いのに平穏というのもおかしな話だが)だったが、全くの無風という訳でも無かった。 以前、勤めていた会社の拓也を裏切った斉藤からは、何度も声が掛かった。最初は、条件を提示し良かったらプロジェクトに加わらないか、という態度だったが、最後は助けて欲しい、というモードになっていた。 もちろん一切相手にしなかった。 結局、拓也がプログラムを提供した啓治の会社が、斉藤のプロジェクトよりも早く製品化を発表し、斉藤のプロジェクトは頓挫、斉藤は責任者を外された。 その噂を聞いた時に、少し可哀相なことをしたかな、と思ったが、フミに一喝された。 「可哀相? 冗談言ってはいけないよ。自業自得というものだ。可哀相というのは、誠実に一所懸命頑張った人が残念な結果になった時に使う言葉だよ。誰かを平気で踏み台にする奴に使う言葉じゃない。それに首になった訳ではないだろう?」 そう言ってから、付け加えた。 「まあ、その優しさがあんたの欠点であり、長所なんだけどねぇ。でも、優しさと甘やかすのとは違うからね。そこは『シャキッ』としなよ」 「はい!」拓也は素直に返事した。 「その素直さも、拓也の長所だねぇ」 それから数日後、所長が言った。 「拓也君、恋人屋本舗のホームページ作れないかなぁ」 「え~? ホームページ無かったんですか?凄い!」思わず拓也はそう口走った。そういえば、拓也も検索などしたことがない。 「凄いだろう」 「何を自慢してるんですか。今時、ホームページ無しで、訪問を待つような商売しているのが無茶苦茶で凄い、と言ってるんです。よく客、来ますよね」 「いや、だから、来ない」 「なるほど」 「最近、仕事が無くて、カップラーメンともやしとフミさんの差し入れしか食べてない・・・。なあ、拓也君、なにか拓也君の手伝いでもする仕事でも無いかな。なんでもするよ」冗談とも本気とも判らない表情で中村が言った。 「何、言ってるんですか、所長が。どうして僕に」 「なんとなく、スタッフの中で今一番余裕ありそうだし・・・」 「?」 「いや、順調に太ってる」 それは、由佳の作る食事が美味しくて、ついつい食べ過ぎているだけなのだが・・・。 「とにかく、ホームページ作りますよ。無償(ただ)で」 「ありがとう。いつ出来る?」 「トップページだけなら直ぐに立ち上げます。徐々に充実させましょう」 「う~ん、(トップページってどういう意味か)良く判らんがとにかくよろしく頼む」 そこへ、仕事帰りの由佳がいつものように迎えに来た。 「やあ、由佳さん、いらっしゃい。相変わらず美人だねぇ。と、言うよりも、ますます綺麗になってるんじゃない?」 「ありがとうございます」自分では判らないが、周りからもそう言われることがある。 女性は愛されて、そして綺麗だと言われ続けるときっと綺麗になれるんだ、そう思った。拓也は毎日何度も、『愛している』と『綺麗』を連発していた。 「所長さんも相変わらずスマートですね」 「最近、食べてないからねぇ」 「まさか」そう言って由佳は笑った。 拓也は、本当かも知れない、と思い笑えなかった。 「ところで、拓也君、太って来てないか?」中村が由佳に問いかけた。 「そうなんですよ。最近、(セックスの時)重くて・・・」 「おいおい・・」拓也が慌てて言ったが、由佳はペロッと舌を出した。 「いいなあ。俺も、嫁さんが欲しい」 「いや、僕たちまだ結婚してないですが」 「もう、同じ様なものだろう」 「そうかも」拓也と由佳が顔を見合わせ笑った。 拓也と由佳を送り出した後、中村はいつものように『まいばすけっと』で安く手に入れたカップラーメンを作って食べた。 拓也と由佳は仲良く手を繋いで、家へ向かった。夕食材料を買ったスーパーの袋は拓也が持っている。 さりげなく、全てに優しい、由佳は満ち足りていた。 「所長、食べるのにも困っているかも」 「本当に?」由佳が驚いて言った。 「う~ん、判らない。でも、最近、全然仕事が無いし・・・」 「(他のスタッフの様に)他に仕事してないの」 「う~ん、判んない。時々、長時間いなくなるんだけど・・・。なので電話番してる」 「所長、いつから恋人屋本舗やってるの?」 「4年ぐらいになるらしい」 「その前は?」 「弁護士。いや、今も弁護士らしい」 「え~? 弁護士が何故、あんな(失礼)商売やってるの?」 「判らない」 「判らない事ばかりね」 「うん、敢えて聞かないさ。人間誰しも、触れられたくないことはある。言いたくなれば自分から言うよ」 そして続けた。 「あそこは、居心地が良い。みんなソッとしておいてくれる。それでいて、必要な時はさりげなくお節介なんだ。お金にもならないのに、みんなスタッフを続けているのが判る」 拓也は右手にスーパーの袋を、背中にPCを入れたリュックを背負い、左手で由佳と手を繋いでいた。 握った手に力を入れると、由佳も握り返してくる。 「ねえ、今夜も抱きたい?」 「うん、抱きたい」 最近は正常位だけでなく、バックも混ぜるし、手で由佳のGスポットを弄り、由佳を手で逝かせる事も覚えてきた。 「ふふ、即答ね」 「それ以外の言葉が思いつかない」 嬉しかったが、不安もあった。このまま、付き合い続けると、拓也は由佳しか女性を知らない(抱かない)事になる。今までの経験を照らし合わせれば、それで満足するとは思えなかった。 「ねえ、ず~っと私だけでいいの?」 「あたりまえだよ。どうして?」 由佳は、何故、そんな当然の事を訊くのか、というような口ぶりが可笑しく、そして嬉しかった。 マンションのエレベータの窓に映る二人の姿を見ながら、由佳は拓也の肩に頭を保たせかけた。拓也は繋いでいた手を離し、肩を抱いた。 由佳は今晩、抱かれる時を思って、少し躰が疼いた。 ・・・・ 拓也は、直ぐに簡単な恋人屋本舗のホームページを開設した。 なんと、開設した翌日、ホームページを見たという仕事の依頼があった。 第5話完  「第6話 夕陽の部屋」につづく
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