第一章 あまのじゃくの神隠し #3

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第一章 あまのじゃくの神隠し #3

 白山郷では昔からあまのじゃくに名前を呼ばれると神隠しに遭うと言われている。  必ず一人でいるとき、周りに他のものがいないときに限られる。  神隠しに遭ってしまうものはうっかり返事をしてしまったものばかりで、三十年前は年に二、三人はそうやっていなくなる。  俊一(しゅんいち)は五歳の頃、裏山に一人で遊んでいるときに名前を呼ばれたそうだ。  ただ、家族の声ではなかったので返事をせずに走って家に戻った。  高木夫妻は幼い息子の言葉を信じ、取るものも取りあえず、大阪へ逃げた。  白山郷から遠く離れてしまえば、容易に神隠しには遭うまいと考えたからだ。  それからは何事もなく高木親子は平穏な毎日を過ごし、俊一はやがて結婚した。  俊一の妻は綾子(あやこ)と言い、若い夫婦の間にはなかなか子供が出来ない。不妊治療を何年も掛けてしてきたが効果はなかった。  そのころ、確実に子宝に恵まれるという村があると綾子は聞きつけ、俊一にそこへ行こうと頼んだ。半ば子供を諦めていた俊一だったが、妻の言うとおりにしてやっても別に損はなかろうと、二泊三日ほどの小旅行に出掛けたのだった。  そこまでは、俊一自身から高木が聞いた話だった。  ここからは、綾子が高木に話した内容だ。  白山郷に着いた俊一と綾子は、早速子宝神社と子宝温泉へ向かう。そこで子宝祈願をし、温泉に浸かった後、宿へ戻った。  その夜、したたか酔った俊一が、村を散歩してくると出掛けてしまった。同じく酔っていた綾子は宿に残り、先に布団に入った。  翌朝、隣に俊一がおらず、布団も乱れていないことから、昨夜から夫が宿に戻らなかったことを知った。  急いで、警察に電話をしたところ、おそらく山に入ってしまうか川か崖から落ちてしまったか、もしくは事件に巻き込まれたのではないかという話になった。  直ちに捜索隊が結成され、早速川の底を浚うが遺体は上がらなかった。山に捜索隊が入り、崖などを調べていったが、俊一は見つからなかった。  結局事件に巻き込まれたのではないかと言うことになり、捜索隊は打ち切られてしまったのだった。 「他にも、今年に入ってすでに観光客が三人も神隠しに遭っているんだよ」  高木は興奮し、つばを飛ばす勢いで翡翠に訴えた。 「三人……。同じ村でですか」 「そうだ。みんな散歩をしてくると言って一人で出掛けたそうなんだが。村を散歩する姿を目撃されているが、結局戻ってこなかったと」 「みんな観光客なんですか?」  翡翠は村人は一人も神隠しに遭わなかったのかと訊ねた。 「いや、実はわたしが白山郷にいた頃、まだ子宝では有名ではなかったんだ。確かに神社などはあったが、外部から観光客が来るようなことはなかった。この数年のことだと聞いている。それまでは、村人が年に二、三人の割合でいなくなっていた。それが、村役場に観光振興課というのが出来て、子供に恵まれるという神社の御利益を売りに観光客を呼び込み始めてから一気に神隠しになる人間が増えたんだ」  単純な話、日本全国の年間行方不明者数は八万人。岐阜県で届け出のあった行方不明者は九名だ。白山郷だけでその半数に及ぶ人間がいなくなっていることになる。  実際には行方不明者の出身県で数えられるだろうから、表向き九名と言うことになっているだけだ。 「たしかに、多い、ですね……」 「異常なんだよ。しかも、突然遁走しているんだ。だから神隠しなんだよ!」  神隠しだと高木が力説する意味がようやくわかった気がした。
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